「人に相談できないことが悪なのだ」と、売り手が正義の味方に己惚れるのは違います。
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コラム
悩んでいる他者が、何を考え、その将来を見据えてどこを頼るのか。それは“本人が決めること”です。
そこに選択肢があることを伝えるのはいいかもしれませんが。
悩んでいていいんです、悩みがあって普通です。何も悩まない人生は難しい。ただ。「この前と同じような状態であること」に気がついた。「前にも似たようなことがあった。周囲の人々も場所も違うのに」
2025/02/26
https://coconala.com/blogs/2997019/534761
・誰かや何かにひどく当たってしまって後悔している。
→ その場で感情が抑えられない。
・思ったような状態でないことにひどく腹を立ててしまう。
→ 100%理想通りでないと満足できない。
・返事はくるのか、その相手は今どうしているのか。
→ その人の動きが気になって、まるでストーカーのようになってきている。
・それを思うと眠れない。そわそわして落ち着かない。
→ そう感じるほど、心身に不調をきたしている。
そう言うことに気がついたら。
何かを変えていってもいいのかもしれない。
私が、
よりよく生きて、行くために。
「己に依存して欲しい」からと言って“そこしかない”と視野を狭めるのは違いますよね。
「もっと早くに助けを求めておけばよかった」その後悔は“あなたのもの”です。他者には関係ありません。
2024/11/15
https://coconala.com/blogs/2997019/495608
まして。
「人に相談できないことが悪」なのだと責め立てるのも違います。
他者の「弱みにつけ込むような商売」と言うのは、問題の解決からはかけ離れるのでしょう。
それはその本人が、己の問題と向き合えていないだけです。
***
もちろん。
現実に医者に行ったほうがいいと思う事柄はあります。
野菜が欲しいのに魚屋さんに行くのもちょっと違います。
まぁそれは。
悩んでいる本人もわかっていると思います。
「もっと早く言えばよかった」自分でそう思う事はあります。でもかと言って『人に相談できない事が悪』となるとちょっと違うんじゃないのかなぁと思うんですよね。
2023/10/20
https://coconala.com/blogs/2997019/354948
人に相談できない時って、
・原因となった事柄に悩んでいる
し、プラスで、
・己が「それを人に相談できない」ことに悩んでいる
と2つになっていると思うんですよね。
(誰かに相談した方がいいのかもしれない)と言うのは、なんとなくは感じているのです。
自分では解決できていないからです。
だけど、相談できる人もいない。
それは己の悩みだからです。
かと言って、
個人のプライベートの問題に、他人が入って行くのは難しいのです。
じゃぁ、そこで、
『人に相談することはいいことなんですよ』と、
「それを人に相談できない」ことに目を向けさせるのか。
『こう考えることができます』とか『こういう方法があります』とか、
「原因となった事柄の解決」に目を向けさせるのか。
もちろん、どっちのアプローチの方がいいのかは人によります。
私は、その方法がなんであれ、「本人の悩み事」が解決できたほうが良いと思うのです。
「もしかして、これで解決できるのかもしれない。」
と言うのがそこにあれば、何かのきっかけで、そこを頼って行くことはできます。
だから、
「そう言う場所があるんです」と言うアプローチはわかるんです。
でも、世の中はなんとなく、
『人に相談できないことが悪』と、なりかかっていませんか?
ちょっと、私は、考えてしまいます。