「自分が幸福感を得るために“人助け”をしていないか」…人助けの喜びは、自己満足と紙一重だそうです。

記事
コラム
『私はこれから、この会話に価値を与える!』。我々のアドバイスモンスターの根底には、『自分は相手よりも優れている』という危険な思い込みがある」

 行動学の専門家は、「人助け」は確かに中毒性を持ちうると認めている。人を助けるとき、脳は3つの化学物質を分泌する。いわゆる「ハピネス・トライフェクタ」(3つの幸せホルモン)である。

・セロトニン(強い幸福感を生み出す)
・ドーパミン(やる気を高める)
・オキシトシン(他者とのつながりを感じさせる)

 これらが組み合わさった結果として生じる幸福感を、人は当然、繰り返したいと思う。しかし、人を助けたいという欲求が抑えられなくなり、自分の目的意識が他者、すなわち自分の指導を必要としている相手に直接結びついてしまうと、助けているのはもはや他者ではなく、自分自身ということになる。

 心理学者は、この問題をエージェンシー・アディクション、または「ホワイトナイト症候群」と呼んでいる。(自分のアドバイス、コーチング、アイデアなどで)人を支援することによって相手を救いたい(そして自尊心を保ちたい)という欲求として定義される。一方、自分が他者の成功を手助けしたときと同じように、他者が自力で成功するのを見て喜ぶのが、健全な主体性の持ち主だ。
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Harvard Business Review
ハーバード・ビジネス・レビュー / DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー
自分が幸福感を得るために「人助け」をしていないか 救世主ではなく、対等なパートナーであるべき

平たく言うと「救世主症候群」らしいです。

「己の生きる意味を他人に見出す=他者に依存する」と言ったことになるのでしょうか。

もう流行か、流行なのか。

救われたいのは自分自身ってことですよね?


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依存状態として考えたら、ゲームとかギャンブルとかお酒とかタバコとか、そう言った目に見えるものはすぐにわかるかもしれませんが。

救世主症候群(メサイアコンプレックス)は、一見、表向きは人の役に立ついい事や、募金やボランティア活動などの社会的に見ても意義のある活動をしているから認知されにくいそうです。


ちなみに、根底にはこんな感情が隠れていることもあるそうです。
メンタルの強化書
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ホーム > コンプレックス・悩み > メサイアコンプレックス
メサイアコンプレックス 困っている人を助ける人に抱く違和感について

~中略~

メサイアコンプレックスになる人の根底には
 ・自信がなく誰かから感謝されるような行動をしなければ社会から受け入れられないと感じている。
 ・人を助けることに自分らしさ(アイデンティティ)を見出しており、自分らしさを維持するために自己犠牲をしてでも助けようとする。
 ・周囲から感謝されるようなことでしか自分を受け入れてもらえなかった経験から、自分を犠牲にしてしまう。
 ・「幸せな人なら慈善活動で誰かのために奉仕するものだ」という考えに囚われている。本当は不幸な状態なのにそれから目を背け、あくまでも自分は幸せな人だという実感を得るために慈善活動にのめり込む。

などの気持ちや感情が隠れていることがあります。

これとかすごいですね。
人を助けることに自分らしさ(アイデンティティ)を見出しており、
「幸せな人なら慈善活動で誰かのために奉仕するものだ」という考えに囚われている。

幸せなのにずいぶん不自由な感じです。

だって「自分=他人」です。

そんなに自他の区別がついていない人がいるって問題じゃありませんか?


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人には失敗する権利(?)もあっていいと思いますけどね。

そりゃ。
「赤信号は渡れません」死にますから。
そう言うのは別です。

それで会社にひどい損失になるとかそこまで行くとそれもちょっと行き過ぎです。
社会のルールは、ルールとしてあります。


間違える経験と言うか。
間違えた時に、どう挽回するのか。と言う思考法を学ぶと言うか。

「もっとより良い方法を模索する」ような。

そう言うきっかけとして。


まぁ。
そこで「二度とするものか」となる可能性もありますけどね。


それがよかったのか・悪かったのか。
終わってみてもわからないこともあります。

取り返せないことを、一生の後悔で苛まれる可能性もあります。


己がどう生きるのか。

どう生きて行くか。


私の人生の結果は私のもの。


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