皆さん!こんにちは!konkon835(コン)です!
さて、前回記事「(僕がうつになった経緯(その8)」の続きを紹介します。
入社8年目の8月、1年間の休職後の6ケ月間は管理区分”A”(残業不可)のため、毎日定時で退社してました。職場の周りの方はバリバリ働いている中、コッソリ帰る自分が情けなく感じました。
そして、「人生で本当に挫折した」と感じたのが、この時期でもありました。「自分でうつ病を認め、薬を飲むようになり、残業規制で毎日定時に退社する」という惨めな自分・弱い自分に対し、失望感と挫折感を感じるようになりました。
高校入試・大学入試・就職活動とスムーズにいったためか「人生なんとかなるやろ!」と舐めてかかっていたのも事実です。しかし、30才にしてこのような挫折を味わったのは初めてであり、「どうやったらこの挫折から乗り越えることができるか?」を自分なりに真剣に考えましたが、答えが見つからない日々が続きました。
パワハラ上司に「どうやったら、管理区分を”A"(残業不可)から”B”(20時間残業)に変更してもらえますか?」と質問しても、いつも答えを濁されました。また、主治医のH先生に診察の時に相談しても「まあ、焦らずぼちぼちやろうや!」という見解でした。
だんだんと、「社内での僕の評価が「うつ病で長期休暇して復職した「管理区分”A"(残業不可)のダメ社員」というレッテルが貼られているのではないか
?そして、このままずっと定時退社を続けるのか?」という被害妄想を抱くようになりました。
この被害妄想で、将来の展望が見通せなくなると、次ぎは、「なぜ”うつ病”になったのか?自分が悪いのか?いや自分は一生懸命をしただけで絶対悪くない!悪いのは俺をうつ病に追込んだ”パワハラ上司”のせいだ!」と自分は悪くなく、悪いのは全て”パワハラ上司”と思い込み、恨むようにもなりました。
そうして、入社8年目の10月にパワハラ上司との人事考課面談(年2回)の席で、僕は目の前のパワハラ上司に「お前のせいで”うつ病”になった!僕の人生を返せ!!」と怒鳴りつけました。するとパワハラ上司は目に涙を浮かべ「恩を仇で返すのか?」と蚊の鳴くような声でつぶやきました。
なぜ、パワハラ上司が「恩を仇で返すのか?」と言った理由は、僕には理解できてます。それは、入社して右も左も分からない僕に、パワハラ上司が設計業務を指導し、何とか僕を一人前の設計者に育てて頂いたご恩があるからです。今でも、パワハラ上司には仕事の面に感しては大変感謝しております。
この面談以降、僕とパワハラ上司間に、仕事以外の会話はほとんどなく、すれ違っても挨拶もしないという最悪な関係になりました。
そして、管理区分”A"のまま入社9年目の4月に、僕は火力部門から原子力部門へ異動となるのです。
”うつ病”に対しての自分の対応(病識を認めない・治療態度が悪い)が悪いことを棚に上げ、”うつ病”の原因を他人(パワハラ上司)のせいしている時点で間違った自己分析をしているのです。まだまだ転落人生は続きます。(パワハラ上司には、本当に失礼なことをしたと反省しております。)
長くなりますので、続きは次回のブログで。。。。。
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