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僕がうつになった経緯について(その10)

皆さん!こんにちは!konkon835(コン)です! さて、前回記事「(僕がうつになった経緯(その9)」の続きを紹介します。入社9年目の4月に、管理区分”A"(残業不可)のまま火力部門から原子力部門へ異動となりました。その異動理由は、前年の10月にパワハラ上司との人事考課面談で「お前のせいで”うつ病”になった!俺の人生を返せ!」と暴言を吐いたためです。この暴言で、火力部門の上層部は「僕を火力部門で勤務させることは不適格」と判断したのでしょう。しかし、この異動に対し僕は違和感を感じてました。当時、原子力部門は設計ミスが許されない”ドル箱”事業所(国策のため大黒字)であるため、適正試験・能力試験でトップクラスの新入社員(大学なら旧帝大・早慶)が配属されるエリート部門です。そのエリート部門に”うつ病のポンコツ”な僕が配属されることに違和感を感じました。しかし、その違和感は、原子力部門で与えられて仕事内容で払拭されてました。その仕事内容は「既設原子力発電プラントの予備品・消耗品の管理リスト」の作成です。「予備品」とは機器の故障時にスムーズの部品交換ができるように、あらかじめプラント内の倉庫に常時保管しているものです(原子力関連の部品はメーカー即納品が少ないため)。「消耗品」とは、経年劣化で新品の部品と交換する必要のあるもの(例えば電池など)です。この「予備品・消耗品リスト」を既設原子力プラントの図面・設計図書から抽出してエクセルでリスト化するのが、僕に与えられた仕事でした。しかも、各図面・設計図書には「予備品・消耗品」の項目があるため、原子力発電の知識がない人でも抽出は容易であり、この
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僕がうつになった経緯について(その9)

皆さん!こんにちは!konkon835(コン)です!さて、前回記事「(僕がうつになった経緯(その8)」の続きを紹介します。入社8年目の8月、1年間の休職後の6ケ月間は管理区分”A”(残業不可)のため、毎日定時で退社してました。職場の周りの方はバリバリ働いている中、コッソリ帰る自分が情けなく感じました。そして、「人生で本当に挫折した」と感じたのが、この時期でもありました。「自分でうつ病を認め、薬を飲むようになり、残業規制で毎日定時に退社する」という惨めな自分・弱い自分に対し、失望感と挫折感を感じるようになりました。高校入試・大学入試・就職活動とスムーズにいったためか「人生なんとかなるやろ!」と舐めてかかっていたのも事実です。しかし、30才にしてこのような挫折を味わったのは初めてであり、「どうやったらこの挫折から乗り越えることができるか?」を自分なりに真剣に考えましたが、答えが見つからない日々が続きました。パワハラ上司に「どうやったら、管理区分を”A"(残業不可)から”B”(20時間残業)に変更してもらえますか?」と質問しても、いつも答えを濁されました。また、主治医のH先生に診察の時に相談しても「まあ、焦らずぼちぼちやろうや!」という見解でした。だんだんと、「社内での僕の評価が「うつ病で長期休暇して復職した「管理区分”A"(残業不可)のダメ社員」というレッテルが貼られているのではないか?そして、このままずっと定時退社を続けるのか?」という被害妄想を抱くようになりました。この被害妄想で、将来の展望が見通せなくなると、次ぎは、「なぜ”うつ病”になったのか?自分が悪いのか?いや自分は一生
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