悪い人はこの世にいない説

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本日も記事をご覧いただきありがとうございます。

大会の受付も終わって、坂を上っていく。

いつものトレイル練習で通ってきた道。

3回も練習で訪れたのに、心臓がドキドキしてるのがよく分かる。

心地よい大会の緊張感。

この道の先、どこにスタート地点が設定されてるんだろう。

坂の上の住宅街を通り抜け、木で日差しが遮られる自然の中へ入っていく。

あった。

あれがスタート地点だ!

「START」と書かれたのぼり旗とともに、スタッフの方が待機している。

手にはバーコードの読み取り機。

あの読み取り機を、バーコードでピッってやられたらスタートだ。

「準備はよろしいですか?」
「ちょっと待って下さいね」

考える。

ここから先は立ち止まれない。

やり残したことはないか、そう自分に問いかける。

まずは、水分補給。

ポーチから命の水を取り出し、喉に流し込む。

それから深呼吸。

それから、それから・・・。

「よろしいですか?」

笑顔でたずねてくるスタッフさん。

「はい!」

覚悟は決まった。

「それではがんばって下さい!」

バーコードの読み取り音と同時に走り出す。

最初は山に至るまでの坂道。

傾斜は少しキツイが、この先の山の入口は傾斜がゆるく、走りやすくなっている。

ちょっと我慢すれば楽になる!

そう考えると気分も上がってくる。

道を知っているというのはかなりのアドバンテージになる!

坂道を走りながら進んでいく。

前方の人を追い抜くたびにゼッケンを確認する。

ゼッケンなし、

ゼッケンなし、

ゼッケンなし・・・。

この行動には訳がある。

今回の大会はスタートが別々で、ゴールした時のタイムを競うという仕組み。

もし、僕より1分速くスタートした人がいた場合、その人と全く同じペースで走っていれば、僕はその人と出会うことはできない。

結果的にタイムも同じになるので、順位を上げる事ができない。

つまり、ゼッケンをつけた人を追い抜くことは、自分のタイムがそれなりに速くなっているという自信にもつながる。

が、全然出会わない。

やはり、大会出場者となると猛者が多いのかもしれない。

山の入口に差し掛かり、道も狭くなってくる。

人が1人しか通れない場所もあり、当然そこには、一般の登山を楽しむ人達もいる。

人がいたらうまく進めない。

以前なら、そんな事を考えていたかもしれない。

でも、今回は本番。

いつもより速いペースで走っているせいか、少し息切れする気がする。

そんな時には必ず前に人が現れて、スローペースになったりする。

ゆっくりすることで少しの休憩。

結果的にちょうどいいインターバルになっている。

「すいません。失礼します」

一声かけるだけで、

「ああ、どうぞどうぞ」

皆さん、丁寧に道を譲ってくださり、

「頑張ってね!」

僕のゼッケンを見て声をかけてくださる方も。

「ありがとうございます!」

大会中でも、僕は人の温かさに触れることができたのでした。




追伸
 一般の登山を楽しんでいる方からすると、

大会だからといって、いきなり走ってきて、急いで抜いていく人達。

あまりいい印象にうつらないんじゃないかと思います。

追い抜く際も少し申し訳なくなるのですが、

声をかけるたびに、快く道を譲ってくださる方々。

皆さん、誰一人嫌そうな顔をする人はいませんでした。

もし、街の中だったら、普通の道だったら。

舌打ちをする人がいてもおかしくない状況。

自然が人を優しくさせるのか。

それとも、心の優しい人が山に来るのか。

もしくは、

世の中に悪い人なんていないのか。

色々考えさせられます。

そう考えると、

赤ちゃんの時から、

「人に迷惑をかけてやろう!」

って思う人は誰一人いません。

もしかしたら自然のチカラが、僕らを生まれた時の、純粋な気持ちに戻しているのかもしれませんね。




































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