「これからは、お互いになんでも本音で言い合おうね」
大好きな人や、大切な友人とそんな約束を交わしたとき、あなたはきっと「もっと心の距離が縮まるんだな」と、温かい気持ちになったのではないでしょうか。
お互いを信頼しているからこその約束。
それなのに、相手が本当に「本音」を実行してきたとき、待っていたのは容赦のない「キツい正論」の刃でした。
ド直球で投げつけられた言葉が胸に突き刺さり、息ができなくなるほど心が粉々に砕け散ってしまう。
そんなとき、悲しみと一緒に、目の前が真っ暗になるような絶望感を覚えることはありませんか。
心理カウンセラーとして、僕は、この苦しみの背景には「本音」という言葉の定義の違いがあると考えています。
繊細な気質を持つあなたにとっての「本音」とは、相手を傷つけないように優しくオブラートに包んだ、思いやりベースの言葉のはずです。
たとえ言いにくいことであっても、相手の表情や気持ちを想像しながら、できるだけ柔らかい表現を選んで伝える。
それが、あなたにとっての誠実であり、本当の意味での「本音」なんですよね。
けれど、世の中には「本音=心の中で思ったことを、そのまま加工せずに100%ぶつけること」だと捉えている人もいます。
相手にとっては、そこに悪意はなく、むしろ「約束通り、嘘偽りのない自分を見せている」という正義感すらあるのかもしれません。
でも、優しさというフィルターを一切通さずに放たれた正論は、繊細な心にとってはただの凶器になってしまいます。
「私のために言ってくれているんだから、受け止めなきゃ」と、あなたは必死に耐えてしまったかもしれません。
相手の言葉が正しければ正しいほど、反論することもできず、ただ自分が悪いような気がして、涙が止まらなくなってしまいますよね。
でもね、そんなにボロボロになるまで、相手の刃を正面から受け止め続けなくていいんですよ。
正論がいつでも正しいとは限りませんし、何より「相手を深く傷つけていい理由」には絶対にならないと僕は考えています。
言葉の定義が違っていたことに気づいたときは、少しだけ相手と心の距離を置いて、自分の安全を守ることを最優先にしてください。
「なんでも言い合う」という約束は、お互いが心地よくいるためのものであって、どちらかが我慢して傷つくためのものではないのですから。
まずは、粉々になってしまったあなたの心に触れて、よく頑張って耐えたねと、自分で自分をたくさん労ってあげてくださいね。