スマートフォンの画面越しに、かつて隣にいた人の「今」を追いかけてしまう。
それも、彼自身の投稿ではなく、彼が今大切にしている「新しい誰か」のSNSをこっそりと見に行ってしまう。
フォローはしていないけれど、毎日のように検索窓に名前を打ち込んで、更新されていないか確認することが日課になっている。
幸せそうに笑う二人の写真や、彼が撮ったであろう彼女の日常を目にするたび、心臓がギュッと締め付けられて、呼吸が浅くなるのを感じているのではないでしょうか。
「見なきゃいいのに」と、頭ではわかっているんですよね。
でも、見ないでいると、彼との繋がりが完全に消えて、世界に一人きり取り残されてしまうような、言いようのない恐怖に襲われてしまう。
だから、あえて心を傷つけるような投稿を見に行くことで、その「痛み」を媒介にして、彼との細い糸をかろうじて繋ぎ止めている。
心理カウンセラーとして、僕は、その行為はあなたにとって自分を痛めつけるための「罰」であり、同時に切ない「儀式」なのだと感じています。
繊細な感性を持つあなたは、人一倍愛情が深く、一度結んだ心の絆を解くのがとても苦手です。
彼と過ごした時間、彼に注いだ想いが大きければ大きいほど、それを「過去のもの」として整理することに、耐えがたいほどの喪失感を抱いてしまうのは、とても自然なことです。
新しい彼女の幸せを監視することで、「私だけがまだ立ち止まっている」という事実に打ちのめされ、自責の念に駆られる。
そうやって自分を責めている間だけは、彼を失ったという「虚無」に向き合わずに済むのかもしれません。
でもね、今あなたが感じているその激しい痛みは、あなたがそれだけ誰かを真剣に愛し、大切にできる、温かくて美しい心を持っている証拠でもあります。
そんなに優しいあなたが、自分の手で自分を傷つけ続けている姿を見るのは、僕はとても切ないなと感じます。
「SNSを見に行くのをやめよう」と強く思えば思うほど、逆に意識が向いてしまうのが人間の脳の不思議なところです。
だから、まずは「今日も見ちゃったな」と自分を責めるのを、少しだけお休みしてみませんか。
「あぁ、私は今、それだけ寂しくて、まだ彼との繋がりを求めているんだな」と、自分の心にそっと寄り添ってあげてほしいのです。
SNSの向こう側に映っているのは、切り取られた一瞬の輝きに過ぎません。
そこには映らない苦労や、あなたにしか見せなかった彼の表情も、確かに存在していました。
あなたが今すべきことは、彼や新しい彼女を監視することではなく、傷だらけになって震えている「自分の心」を優しく抱きしめてあげることです。
少しずつ、本当に少しずつでいいので、スマートフォンを置く時間を1分だけ増やしてみる。
その1分で、温かい飲み物を一口飲んだり、窓の外の景色をぼーっと眺めたりして、自分の感覚を「今、ここ」に戻してあげてください。
あなたは、誰かの幸せの影で泣き続けるために生まれてきたのではありません。
いつかあなたが、自分のために心から笑える日が来ることを、僕は心から願っています。