「また連絡するね」という、何気ないその一言。
その瞬間から、スマホが体の一部のように手放せなくなってしまうこと、ありますよね。
お風呂に入る時も脱衣所にスマホを置き、トイレに行く時も片手に握りしめ、画面が光るたびに心臓が跳ね上がる。
そんなふうに、全ての意識が小さな画面の向こう側へと吸い寄せられてしまう時間は、本当に心も体もクタクタになってしまうものです。
通知が来ないまま数時間が過ぎ、外がだんだん暗くなってくると、ふと我に返って「私、何やってるんだろう」と虚しさが込み上げてくることもあるかもしれません。
家事も仕事も手につかず、ただ連絡を待つためだけに時間を使い果たしてしまった自分に対して、「待ち」の姿勢でいることが、なんだか相手に負けているような、惨めな気持ちになってしまうこともあるでしょう。
心理カウンセラーとして、僕はこう考えています。あなたがそうやってスマホを離せないのは、あなたがそれだけ相手を深く思い、誠実に向き合おうとしている、とても美しい心を持っている証拠なのだと。
繊細な気質を持つ方は、言葉の裏側にあるニュアンスを敏感に読み取ろうとします。
だからこそ「また連絡するね」という約束を、ただの挨拶ではなく、大切な約束として受け取り、それに応えようと準備を整えて待ってしまうんですよね。
その「待つ」という行為は、実はとてもエネルギーを使う、愛情深いクリエイティブな活動でもあるのです。
でも、ずっと緊張状態でスマホを見つめていると、心はまるで常に全力疾走をしているような状態になってしまいます。
通知が来ない時間を「負け」だと感じてしまうのは、あなたが自分の主導権を、知らず知らずのうちに相手の手に渡してしまっているからかもしれません。
「連絡が来ること」だけが正解で、それ以外の時間が「無意味な待ち時間」になってしまうのは、少しもったいないなと僕は感じます。
もしも今、スマホを視界の端から外せないほど苦しいのなら、ほんの数分だけでいいので、スマホをクッションの下や別の部屋に隠してみませんか。
「負け」という言葉が頭をよぎったら、それはあなたが相手を打ち負かそうとしているのではなく、自分自身の尊厳を守ろうと心が叫んでいる合図です。
あなたがスマホを見ていても、見ていなくても、届くべき連絡は必ず届きますし、あなたの価値は一ミリも変わりません。
むしろ、通知を待つ手を止めて、自分のために温かい飲み物を淹れたり、深呼吸をしたりする時間こそが、あなたにとっての本当の「勝利」だと僕は思います。
自分の時間を自分のために使うことは、相手を軽んじることではなく、自分自身を愛することに他なりません。
誰かの反応によって自分の心の平和が左右される状況から、少しずつでいいので、自分を自由にしてあげましょう。
あなたは、誰かの返信を待つための存在ではなく、今この瞬間を心地よく生きるための大切な存在なのです。
今回は、少しだけスマホを置いて、自分の胸に手を当てて、静かな時間を過ごしてみてくださいね。