隣で眠る大切な人の口から漏れた、小さなしなびた声。
あるいは、苦しそうにうなされている姿。
そんな光景を目にしたとき、胸がギュッと締め付けられるような思いをしていませんか?
知らない誰かの名前を呼んだわけでもない。ただ少し、寝苦しそうにしていただけ。
それなのに、繊細な気質を持つあなたは「もしかして、私と一緒にいることがストレスなのかな」「私の知らないところで、何か我慢をさせてしまっているのかも」と、その寝言を心の底からの悲痛な叫びのように受け止めてしまうことがあるかもしれません。
一度そう思い込んでしまうと、心の中に小さな不安の種が芽生えて、朝起きたときにはもう立派な不安の木に育ってしまっている。
「おはよう」と言いながらも、相手の顔色をうかがってしまったり、どこか余所余所しい態度をとってしまったり。
本当は仲良く過ごしたいだけなのに、どうしてか接し方がギクシャクしてしまう。
そんな自分に対しても、「どうして私はこんなに深読みしてしまうんだろう」と、また一つ自分を責める材料を増やしてしまうんですよね。
でも、心理カウンセラーとして、僕はあえてお伝えしたいことがあります。
あなたがそうやって相手の寝言にまで敏感に反応してしまうのは、それだけあなたが相手のことを大切に想い、慈しんでいるという、何よりの証拠なんです。
相手の痛みを自分のことのように感じ取ってしまう、あなたのその優しさが、今は少しだけ過敏に働いてしまっているだけなんですよ。
脳科学や心理学の世界でも、寝言というのは、その日にあった記憶の整理や、断片的なイメージがたまたま言葉として溢れ出しただけのものだと考えられています。
そこに論理的な意味や、隠された深い意図があることは、実はほとんどありません。
夢の中での出来事は、現実のパートナーシップとは全く無関係なところで動いているストーリーのようなものです。
ですから、彼がうなされていたとしても、それは「あなたとの生活」が原因なのではなく、単に「夢の中で戦っていた」とか「昨日見たアニメの続きにハラハラしていた」という程度のことかもしれません。
僕は、あなたが感じているその不安を無理に消そうとしなくていいと考えています。
「あぁ、私は今、それくらい彼のことが大切なんだな」と、まずは自分の心のアンテナの鋭さを、優しく認めてあげてください。
そして、朝起きてギクシャクしてしまいそうになったら、深呼吸を一つして、自分にこう言い聞かせてみてくださいね。
「寝言は、ただの脳の独り言。私の愛する彼は、今ここにちゃんといるよ」と。
相手を気遣えるのは、あなたの素晴らしい長所です。
でも、その気遣いの矛先を、ほんの少しだけ「自分を安心させること」にも向けてあげてほしいんです。
あなたが穏やかな気持ちで隣にいることが、巡り巡って、彼にとっても一番のリラックスに繋がるのですから。
今夜からは、彼がもし寝言を言っても、「お、今日も脳が一生懸命お掃除してるな」くらいの気持ちで、そっと見守ってあげましょう。
あなたは十分に、よくやっています。
その繊細な感性は、相手を追い詰めるためのものではなく、二人の時間をより豊かに彩るためにあるのです。
少しずつ、ゆっくりと、自分を安心させる練習をしていきましょうね。