自分も相手もエンパワメントするコミュニケーションー理解・共感・エンパワメントの3つの視点
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コラム
私たちケアラーが常に悩むのは、
病気の家族とのコミュニケーションです。
今まで特に意識せず使っていた言葉が
今は相手にとって負担になるかもしれない。
そう思うと「何を話せばいいのか分からない」
という悩みが生まれます。
代表格が「頑張ってね」ですよね。
精神疾患は特にこの辺りが難しい。
だから余計考え込んでしまう。
でも家族だから話さないわけにはいかない。
当たり前のことが当たり前にできない苦しさ。
これは、相手の症状が、悪化させたくない、
という気持ちもありますが、
その更に裏に、私たちの側に
『私がこの人を元気にさせなきゃいけない!』
みたいな思い込みが無いでしょうか。
だから不用意な発言が必要以上に怖くなる。
私たちは支えることは出来ても、
病気を治すことは出来ないんです。
これは突き放しているわけじゃない、
リアルな立ち位置の確認なんです。
だから「良くしてあげるコミュニケーション」を
意識する必要はありません。
今目の前にいる家族の状態をしっかり監察しましょう。
そこから思いついた言葉で、会話すればいいのです🍃
病気の辛さを他人が理解するのは簡単じゃないです。
だって自分自身の痛みではないのだから。
それが精神疾患だと、「何となく想像つく」のが厄介です。
・気分が落ち込む
・よく眠れない
・集中力が続かない
・疲れやすい
言葉だけなら「私も経験ある」ことだから、
すぐ想像出来て、そこから相手を見てしまう。
すると
「もし私なら、その状態でも〇〇くらい出来るのに」
という考えが自動的に浮かんでくる。
この誤解が、病気の人を理解する、という目的を
阻んでしまうのです。
病気に限らず、他者を理解しようとしたときに
自分自身の経験を引っ張り出してきた時点で失敗します。
それはただ経験を重ねて、
自分の気持ちを味わっているだけだから。
他人を理解するために必要なのは、共感です。
共感に、実は自分自身の経験って必要ないのです。
想像すること。
「あたかも」自分が相手になったつもりで。
辛さも、悲しさも、立場も、周囲への見方も。
ただひたすら想像する。
その為に「傾聴」する。
病気の家族の気持ちが分からなくて困ってしまったら、
相手を見て、話をそのまま聞いて、想像しましょう🍃
コミュニケーション、って、なんでしょうね。
辞書的な意味合いだけじゃなくて、
人それぞれ定義があると思います。
または「誰との」というのでも変化しますよね。
では、病気の家族とのコミュニケーションとは。
一つは病気の家族の状態や気持ちを知るため、が大きいです。
二つ目は、生活上の問題を可能な範囲で相談する。
そして三つ目。
ケアラー自身の気持ちをどう伝えるか。
多分これは一番後回しにされてしまいます。
もちろん、病気の家族が聞ける状態じゃないかもしれない。
そしてケアラー側も「伝えずに抱えていた方がメリット大」と
判断しているから、言わない。
けれどだからこそ、
ケアラー側の困り度、辛さ、悩みを家族に言えた時の
満足度、達成感、幸福度、そしてお互いの信頼感は
とても大きい。
ケアって、全てが一方通行じゃないんですよね。