気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その84~

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コラム
本日もお読みくださっている全ての皆様に感謝申し上げます。
本当にいつもありがとうございます。今回も、どうぞ宜しくお願い致します。
今日はちょっと変わった角度からのお話となります。
あれ?いつも変わった角度からでしたね、そう言えば。
ということは、裏の裏は表ということで、今日は実は珍しくまともな話なのかと言いますと、やっぱりちょっと変わった話なので、いつもよりも更に変わった話ということになります。
話には、前置きというものがありまして。落語だと枕とか言うものがあるように、人は話始める時に一定の助走のような時間を欲するようです。
もしもそういった時間が無いとなると、咳払いなどが自然に出て、胸部や背骨や喉の緊張を解こうという反応を見せたりもします。それぐらい、前置きというのは大事なものなのです。
例えば心理カウンセリングのような場では、クライアントが本題を語り始めるまでに何年もの期間を要したり、遂には前置きだけで終わってしまう、本音の部分に至る前に自ら治療の契約を破棄してしまったりと、そんなことが結構普通にあったりもするものだと聞きます。
僕のこのブログも今日で84日間連続で更新させて頂いておりまして、いつの頃からか冒頭でお礼を述べるように自然となりました、自然とです。
これ、単なる社交辞令だとお思いの方も居られるかも知れませんが、本心からのお礼の積もりで書かせて頂いてます。
何故そうなるのかと申しますと、皆さんが僕の話を傾聴してくださっているからです。
何名かの方に至っては、本当に全部欠かさずお読み頂いてたりして、その方は僕に取りましては、もう今となっては替えの利かないセラピストのような存在な訳です。
このようなブログをいつの日にか綴り始めて、勿論最初から建前などでは無く本音・本心を書いて来た積もりでも、しっかりとキャリアを積んだプロの文筆家でも無い以上、深い思いがスムーズに指先を通してタイピングされて行くまでにはそれなりの時間を要するものです。
そうなんです、そうやって、書く人が居て、それをただ続けて黙って読んでくださる方が居て(ブツブツと独り言、言ってませんよね?)、書き手は長~い日々を費やし段々と本音や本題に入って行けるものなのです。
きっと、書き手・発信者が有益な情報を皆さんにご提供して、時には励まし元気付けるという図式→書き手=与える人、それに対して読者は受け手で与えてもらう人だと常識的には考えられるのでしょうけれど、実は書き手がそんな偉いモノでは無いというのが書き手である僕の正直な感想です。
僕はこのブログを、本当にアップ時間の一~二時間前から書き始めて、前以ての下書きなどは一切やってませんで、本当に前日の書き終わりの体感を翌日に持ち越してその時々の想いを綴るように心掛けています。
そして確実に読んでくださった方が居ることを知り、それを心に置くことで、自分が本当に書きたいこと、伝えたいこと、それは、自分でもこれまで意識に昇ったことが無いようなことまでが、時には浮上したりもする訳です。
これは、ある意味普段のワークショップの中身と全く同じです。
以前にも何処かで書きましたように、勿論自分の呼吸は自分の体がしているもので、他の誰にも代わりにやってもらうことなど出来ません。
ブログを書くのも同じ、作業は自分一人の孤独です。
けれども、呼吸ならばその呼吸を、ブログであればその内容を、認識してくれている人が居るというそのことが、エネルギーを深め、前進させてくれる、だからいつも、本気でお礼の言葉から始めさせてもらっているという訳です。
僕はこのような発信者と受信者の、一般的な目で見れば意外とも言える関係性の一面を、例えばコンサートやその他あらゆる表現の場でも、もっと多くの人に知ってもらいたい大切にしてもらいたいと思っています。
表現者が実はクライアントで、聴衆がセラピストであり傾聴役という関係性です。
表現者はそのステージで設定され与えられた時間の中で、始まりの頃よりも終演の頃に何らかの成長を遂げたり、その痕跡を見せることになります。
歌手であれば、ラストの歌唱がその日の中でも最高の歌唱となり、本音や本心、魂の叫びといったものが、深い処から全部出せるようになっていて、アンコールとは、その後にまだ本気で観客が聞きたいかどうかで有り無しが決まるモノでしょう?本当は。
聴衆は各自が、自分がそこに居て見守っていたというただそのことが、演者の成長に取って代え難い意味や影響を及ぼしていたことを自覚します。
このような関係性が成り立てば、観客は常に目の前の演者のキャリアハイに同席出来る可能性が高まり、人の幸せを本気で願っていて、そのことが自分の幸せであると真っ直ぐに受け取れる人に取っては何とも素晴らしい至福の時間となる筈です。
演劇や声楽の公演の客席で気になるのは、鼻っから批評や時には批判する気満々で観ているご同業やその道で挫折したような人の存在です。
物凄く厳しく冷ややかな目で舞台を睨み付けていて、そこから発散される緊張は言外に否応無しに舞台上も含めた周囲全てに波及します。
どうかこのような人も、先ずは自分自身の呼吸をよく知って、自分自身を生きるように、そこからやり直してもらいたい。
先ず自分をしっかりと生きていれば、人の成長や成功の足を引っ張らずに済みます。温かな眼差しで人やその他全てを見守ることも出来ます。
これからの文化とは、こうやってお互いに成長するのが望ましいと、僕はいつも感じています。
やっぱり、かなり変わったお話だったのでは無いでしょうか。
本日も最後までお読みくださり誠にありがとうございました。
こんなブログですが、明日もどうか宜しくお願い申し上げます。

つづく

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