―混乱期の“甘え直し”をどう受け止めるか―
夜の11時過ぎ。
母親が台所の電気を消そうとしたとき、中学2年の息子が階段を降りてきた。
髪はぼさぼさ。
目は赤い。
昼間はほとんど部屋から出てこなかった。
話しかけても返事はない。
学校のことを聞くと、壁を向く。
ときには「うるさい」と怒鳴る。
そんな息子が、その夜は黙って母親の横に立った。
「どうしたの?」
母親が聞くと、息子は答えなかった。
ただ、右手を伸ばしてきた。
母親は一瞬、意味が分からなかった。
次の瞬間、息子は母親の手を握った。
小さいころのように。
幼稚園の帰り道のように。
熱を出した夜のように。
母親は戸惑った。
もう中学生なのに。
背も自分より高くなりかけているのに。
昼間はあんなに反抗的なのに。
どう受け止めればいいのか分からなかった。
「何? 怖いの?」
そう言いそうになって、やめた。
息子は、ただ手を握ったまま立っている。
母親は、何も聞かずにその手を握り返した。
しばらくして、息子は小さな声で言った。
「寝るまで、いて」
母親の胸が痛んだ。
不登校になってから、息子は変わってしまったと思っていた。
部屋にこもる。
風呂に入らない。
ゲームばかりする。
暴言を吐く。
親を避ける。
でも、本当は変わったのではなかったのかもしれない。
壊れそうになった心が、必死に安心を探していたのかもしれない。
その夜、母親は息子の部屋の前に座った。
中に入るのは嫌がった。
でも、ドアを少し開けたままにしてほしいと言った。
息子は布団にもぐり、母親に背中を向けた。
「まだいる?」
何度も聞いた。
「いるよ」
母親はそのたびに答えた。
30分ほどして、息子は眠った。
翌朝、息子はまた不機嫌だった。
手をつないだことなど、なかったような顔をしていた。
母親が「昨日さ」と言いかけると、息子は強く言った。
「言わないで」
母親はうなずいた。
「わかった」
それ以上、何も言わなかった。
その日から、息子は時々、夜だけ少し甘えるようになった。
リビングに座る母親の横に来る。
何も話さず、同じテレビを見る。
体調が悪い日は、毛布を持ってくる。
手を握る日もあった。
母親は、最初こそ戸惑ったが、少しずつ分かってきた。
これは幼さではない。
退行でも恥ずかしいことでもない。
安心を取り戻すための、心の自然な動きなのだ。
不登校の混乱期には、子どもが年齢に合わないような甘え方をすることがある。
抱きつく。
手を握る。
添い寝を求める。
親のそばから離れたがらない。
一方で、昼間は暴言を吐いたり、無視したりすることもある。
親は混乱する。
でも、その矛盾こそ、子どもの心が揺れている証拠なのかもしれない。
強がりたい自分。
助けてほしい自分。
一人になりたい自分。
見捨てられたくない自分。
その全部を抱えて、子どもは苦しんでいる。
私は、この時期の甘えを、できる範囲で受け止めていいと思っている。
もちろん、親が壊れるほど無理をする必要はない。
でも、手を握ることができるなら、握ってあげてほしい。
「ここにいていい」と、言葉ではなく体温で伝わることがある。
中学生なのに手をつないできた夜。
それは、子どもが幼く戻った夜ではない。
もう一度、安心を取り戻そうとした夜だった。