母が「守る側」に立つまで

母が「守る側」に立つまで

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コラム
息子は、もともとおとなしい子だった。

背が高く、成績も悪くない。

先生からも、真面目だと言われていた。

親から見れば、手のかからない子だった。

だから母親は、気づくのが遅れた。

息子が学校でからかわれていたこと。

笑って受け流しているように見えて、本当は傷ついていたこと。

「大丈夫」と言いながら、気持ちを押し殺していたこと。

15歳のころ、息子は外へ出られなくなった。

最初は、母親も何とか学校へ戻そうとした。

声をかけた。

説得した。

励ました。

けれど、息子はどんどん閉じていった。

家庭の中には、重い空気が流れた。

何年も、出口が見えなかった。

母親は、自分を責めた。

「私がもっと早く気づいていれば」

「仕事ばかりで、この子の変化を見落としたのではないか」

「この子の人生を壊してしまったのではないか」

その後、息子は医療や支援につながった。

時間はかかった。

すぐに劇的な変化があったわけではない。

けれど、少しずつ、家の中に穏やかな時間が戻っていった。

息子は、以前より笑うようになった。

母を気づかう言葉をかけるようにもなった。

外から見れば、まだ社会復帰とは言えないかもしれない。

でも母親にとっては、息子が笑うだけで十分に大きな回復だった。

不登校やひきこもりの親は、どうしても「元に戻すこと」を目標にしがちだ。

学校へ戻す。

働かせる。

普通の生活に戻す。

もちろん、それも大切な願いだ。

けれど、私は思う。

まず必要なのは、子どもが生きていていいと思えることだ。

家の中で笑えること。

安心して食卓に座れること。

親に少しでも本音を見せられること。

そこからしか、次の一歩は始まらない。

親は、子どもを無理に動かす人でなくていい。

時には、世界から子どもを守る防波堤になることが、何より大切な役割になる。
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