トー横キッズ 第14話

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コラム
子どもに必要な“第三の居場所”とは何か
家庭でも学校でもない、安心できる場所をつくる

子どもには、安心できる場所が必要です。
本来なら、家庭がその場所であってほしい。
学校もまた、子どもが学び、人と関わり、自分を育てていく場所であってほしい。
けれど、現実には、家庭にも学校にも安心できなくなる子どもがいます。
家にいても、学校の話や将来の話になると苦しくなる。
親に心配をかけたくなくて、本音が言えない。
学校に行けば、友達の視線や先生の言葉に傷つく。
教室の空気に疲れて、心が休まらない。
そんな子どもにとって、家庭と学校だけが世界のすべてになってしまうと、逃げ場がなくなります。
そのとき必要になるのが、第三の居場所です。
第三の居場所とは、家庭でも学校でもない、子どもが少し肩の力を抜いて過ごせる場所です。
そこでは、成績で評価されない。
出席日数で責められない。
すぐに将来を決めろと言われない。
無理に明るく振る舞わなくてもいい。
話したくない日は、話さなくてもいい。
好きなことをしていてもいい。
ただそこにいてもいい。
そう感じられる場所です。
トー横に向かう子どもたちは、本当は危険な場所を求めているのではないと思います。
自分を否定しない誰か。
自分を説明しなくてもいられる場所。
学校でも家庭でもない、もう一つの空気。
それを探しているのではないでしょうか。
問題は、その居場所が夜の街になってしまうことです。
夜の街には危険があります。
子どもの孤独につけ込む大人がいます。
薬、性、暴力、金銭トラブル、犯罪被害につながることもあります。
だからこそ、子どもが危険な場所へ向かう前に、安全な第三の居場所を社会の中に用意する必要があります。
第三の居場所に必要なのは、立派な施設だけではありません。
まず必要なのは、安心できる大人です。
すぐに説教しない大人。
最後まで話を聞いてくれる大人。
失敗しても見捨てない大人。
「学校に行けているか」だけで判断しない大人。
その子の好きなこと、苦手なこと、傷つきやすさ、特性を見ようとしてくれる大人です。
子どもは、安心できる大人に出会うと、少しずつ表情が変わります。
最初は何も話さないかもしれません。
目も合わせないかもしれません。
スマホだけを見ているかもしれません。
それでも、そこにいていい。
何度来てもいい。
話しても、話さなくてもいい。
そういう時間が積み重なると、子どもは少しずつ心を開くことがあります。
「これ、好きなんだ」
「実は学校がしんどい」
「家では話せない」
「本当は、どうしたらいいか分からない」
その小さな言葉が出てきたとき、支援は始まります。
第三の居場所には、学びの入口もあります。
勉強を無理に押しつける必要はありません。
でも、好きなことから学びが始まることはあります。
ゲームが好きな子なら、プログラミングや物語づくりにつながるかもしれません。
絵が好きな子なら、デザインや表現につながるかもしれません。
歴史や神話が好きな子なら、読解や探究につながるかもしれません。
料理や食事をきっかけに、生活力や会話が育つこともあります。
お腹いっぱい食べる。
安心して人と話す。
好きなことを語る。
大人に否定されない。
その経験そのものが、子どもにとって大切な学びになります。
不登校、いじめ経験、ギフテッド、2E、発達特性のある子どもたちは、学校の中で誤解されやすいことがあります。
「わがまま」
「扱いにくい」
「やればできるのに」
そう見られ続けると、子どもは自分の力を信じられなくなります。
だからこそ、第三の居場所では、まずその子をそのまま受け止めることが大切です。
できないところを責める前に、何に困っているのかを見る。
問題行動の前に、心の痛みを見る。
学校に戻す前に、安心を取り戻す。
その順番を間違えないことです。
第三の居場所は、子どものためだけではありません。
保護者のためにも必要です。
不登校や夜の外出、学校での傷つき、発達特性の悩みを家庭だけで抱えると、親の心も限界に近づきます。
誰にも相談できない。
親族に責められる。
学校とのやり取りに疲れる。
このままで将来は大丈夫なのかと、眠れない夜を過ごす。
そんな保護者にも、「一人で抱えなくていい」と伝えてくれる場所が必要です。
子どもの居場所をつくることは、家庭を守ることでもあります。
子どもが外に安心できる大人を持てると、家庭の中の緊張が少しやわらぐことがあります。
親だけがすべてを背負わなくてよくなるからです。
トー横キッズの問題から私たちが学ぶべきことは、子どもを夜の街から遠ざけることだけではありません。
夜の街に行かなくてもすむ場所を、昼の社会の中に増やすことです。
家庭でも学校でもない、安心できる第三の居場所。
その場所が一つあるだけで、子どもの未来は変わることがあります。
子どもは、居場所があれば回復します。
理解してくれる大人がいれば、少しずつ言葉を取り戻します。
お腹が満たされ、心が少しゆるみ、否定されない時間があると、「もう少し生きてみよう」「もう一度やってみよう」と思える日が来ます。
私たち大人がつくるべきものは、子どもを裁く場所ではありません。
子どもを受け止める場所です。
夜の街でしか息ができなかった子が、昼の光の中で安心して過ごせるように。
家庭でも学校でもない場所で、「ここにいていい」と思えるように。
第三の居場所は、子どもを甘やかす場所ではありません。
子どもがもう一度、自分を信じる力を取り戻すための場所なのです。
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