トー横キッズとは何か
夜の街に集まる子どもたちを、責める前に考えたいこと
夜の新宿・歌舞伎町。
明るすぎる看板。
行き交う大人たち。
眠らない街の片隅に、家にも学校にも帰れない子どもたちがいます。
彼らは、いつしか「トー横キッズ」と呼ばれるようになりました。
この言葉を聞くと、多くの人は、少し危ないイメージを持つかもしれません。
家出。
深夜徘徊。
飲酒。
喫煙。
オーバードーズ。
犯罪被害。
SNSでの出会い。
ニュースでは、そうした言葉と一緒に語られることが多いからです。
けれど、そこで立ち止まって考えたいのです。
本当に見るべきなのは、子どもたちの行動だけなのでしょうか。
なぜ、その子たちは夜の街に集まるのでしょうか。
なぜ、家に帰るよりも、学校に行くよりも、知らない誰かと街にいることを選ぶのでしょうか。
もちろん、夜の街には危険があります。
子どもを利用しようとする大人もいます。
犯罪に巻き込まれることもあります。
薬やお金、性的な被害につながることもあります。
だから、放っておいていい問題ではありません。
けれど、危ないからといって、ただ叱り、追い払い、排除すれば解決するのでしょうか。
私は、そうは思いません。
子どもたちは、危険な場所に行きたいのではありません。
本当は、安心できる場所を探しているのだと思います。
家庭にいても、心が休まらない。
学校に行っても、居場所がない。
親にも先生にも、本当の気持ちを言えない。
友達の中にいても、ひとりぼっちのように感じる。
そんな子どもたちが、夜の街で、やっと誰かとつながれたように感じることがあるのです。
それは、とても危ういことです。
でも同時に、とても切ないことでもあります。
「なぜそんな場所に行くのか」
大人は、そう言いたくなります。
しかし、子どもたちの側から見れば、問いは逆なのかもしれません。
「なぜ、自分が安心できる場所が他になかったのか」
トー横キッズの問題は、特殊な子どもたちだけの問題ではありません。
家庭で傷ついた子。
学校でいじめられた子。
先生の言葉に深く傷ついた子。
不登校になった子。
発達特性があり、周囲と合わなかった子。
ギフテッドや2E傾向があり、同年代と話が合わず孤独を感じていた子。
そうした子どもたちが、社会のすき間に落ちていくことがあります。
大人から見れば、問題行動に見えるかもしれません。
でも、その奥には、言葉にならない寂しさがあります。
「助けて」と言えない子がいます。
「帰りたい」と思っていても、帰る場所が苦しい子がいます。
「大丈夫」と笑いながら、本当は心が限界に近い子がいます。
だから、私たちはトー横キッズを、ただ責めるだけで終わってはいけないのです。
もちろん、危険から守ることは必要です。
でも、守るとは、ただ街から連れ戻すことだけではありません。
その子がなぜそこに向かったのかを聞くこと。
安心して話せる大人になること。
家庭でも学校でもない、第三の居場所を用意すること。
「あなたは悪くない」
「ここにいていい」
「もう一度、安心できる場所を一緒に探そう」
そう言える社会をつくることです。
子どもたちは、壊れているわけではありません。
道を踏み外しただけでもありません。
まだ、自分に合う場所を見つけられていないだけかもしれません。
夜の街に集まる子どもたちを見て、私たち大人が考えるべきこと。
それは、子どもをどう管理するかではなく、子どもが安心して弱音を吐ける場所を、社会の中にどれだけ作れるかということです。
トー横キッズを責める前に。
まず、私たちはその子たちの孤独に目を向けたい。
そして、どんな子どもにも、夜の街でしか息ができないような社会ではなく、昼の光の中で「ここにいていい」と思える居場所を届けたいのです。