チャンスを手放す教育

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コラム
教育は思想の去勢



思考の去勢としての教育があります。

自由なふりをして、自由を忘れさせるもの。



「考える力を育てる」——言葉は美しいです。

でも考える者を排除する側面も多いのです。

教えてもらった事しかできないとしたら、何を教えてもらったのか考えるべきです。



正しさという麻薬



正しさとは、誰かが得をするために設計された他人の都合の場合もあります。

その正しさを信じてしまえば、考える必要がなくなります。



教育は、正しさを与えてくれます。

それは静かに深く浸透していきます。

誰もがそれを常識と呼んで外れることに恐怖を感じます。





選んでいるという感覚



選択肢があるという錯覚こそ、刷り込まれた常識です。

選ばせるとは、思考を限定すること。



「大学か、就職か」

「安定か、挑戦か」

「続けるか、辞めるか」



この問いの外にある可能性を、教育で最初から削除する。

高校を出ないとか、会社に勤めないとか、それもまた選択肢です。

でも教育によって、それは普通じゃない、とりあえずレールに乗ることを勧められます。





考えるとは、裏切ることである



正解を探す訓練は、考えない訓練です。

自分にとっての正解は最後までわからないでしょう。

だから行動するしかありません。



集団を安全と定義すれば、言われた通りにするのが正解かもしれません。

しかし、個があっての集団です。

個を殺すために集団に属すことにどのくらい価値があるのでしょうか。







チャンスは枠の外にあるものです。

そして、枠の外に出るとは、教えてもらったことを掴んだままでは難しい。

今、不自由を感じていませんか。

それは選択肢を教育されたからではないですか。
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