「ハードル走を走ってください」と言われたとき、
多くの人は、当然のようにハードルを飛び越えて走り抜けようとするでしょう。
誰も「飛べ」とは言わなくても。
でも、ハードル走を知らない子どもだったらどうでしょうか。
避けて走るかもしれないし、下をくぐるかもしれない。
楽しそうに、全部倒して走ることもあるでしょう。
何かを言われたとき、自動で動いてしまうのは、
自分の感覚より早く、思考が勝手に“正解”を選ぶからです。
その自動思考が、人から自由を奪っていきます。
思考は、生きてきた社会が育てたものです。
それを使って世界を理解し、そして、それによって世界を誤読します。
でも、思考の前に感覚があります。
ハードル走を知らない子どもは、感覚で「こうしたい」を選べる。
自分の感覚は、誰にも共有できない。自分だけのものです。
それに比べ、思考は操作される。
相手の感覚を思考することはできても、感覚を感じることはできない。
その“自分だけの感覚”を表現すること。
それは、自分を生きることにつながると思います。