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適職に出会うということ

自分の好きな仕事、自分のできる仕事、自分の興味のある仕事、色々な選択肢がありますが、やっぱり『自分が適している仕事』に就きたいですよね。『天職』と『適職』がありますが、必ずしも一緒でないと困ることもないと思います。自分の場合には、『天職』は、このヒーリングやリーディングなどの人助けのお仕事ですが、『適職』は、この3次元で生きるためのお仕事であり、この3次元での学びのお仕事です。『天職』は与えることを学ぶお仕事、『適職』は受け取るためのお仕事ですね。天職は自分が受け取ったものをシェアしていく為にしています。それが学びであれ、物であれ、なんであれ。適職でのことは、全部自分の学びであり、地球という学び舎での学費を稼ぐためのお仕事です。どちらも大切だし、片方だけではバランスが取れないし。うまく魂が成長してきません。この地球という多種多様な世界で、人とは何か、感情とはなにか、心とは、魂とは、色々な事を学んで魂のレベルをあげていかないと、もっとたくさんの人に愛を提供できなくなります。少しでも愛や光を多くシェアできるように、この地球でまだまだ頑張りたいと思うようになったこの頃です。(*^_^*)少しは成長したのかもね。(^_-)-☆
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ご先祖様を大切にするということ

本日は秋分の日です。故郷が遠くの方ですと難しいですが、お墓参りの日です。実家のお墓参り、しばらく行ってないので後日行かないと。(^^;)実際に、本当にご先祖様に感謝する気持ちありますか?私など、生まれてきたことを嫌がっていたので、ご先祖様どころか両親に対してもあまり良い感情を抱いておりませんでした。ましてやご先祖様など、逆に「あなたたち、本当に幸せでしたか?!」と問いかけたくなってしまうぐらいの闇的感情に落ちていた昔でした。(^^;)人がご先祖様に感謝する時って、生まれてきたことに感謝できる時、もしくはそのような環境・状況にいる時だと思うのです。もしも、不幸のどん底にいたら、生まれてきたことを喜ぶでしょうか?生んだ親さえも怨み、妬み、嫌うことでしょう。生まれてきたことを本心から喜ぶことのできる瞬間ってどんな時かと考えると、私の場合には、心が人との関わり合いで癒された時ですね。基本的に魂って、単独行動だと思うので、共に力を合わせるってことがあまりないような気がします。もしあるとしたら、それこそ大きなプロジェクト、ワークグループで行動している目的があるなら団体のチームワークが必要になるかと思います。それを特化させて学ぶことが出来るのがこの地球であるわけで。助け合うとか、支え合うとか、一緒に行うとか、そういう学習ができるけど、その練習をここでしているわけなので、得意ではないはずなのです。個性として、まとめ役でリーダーのようなキャラクター設定で生まれてきた人は別にして、そのた大勢の人々は、まとめられる側だと思います。その中で、愛情を感じたり、絆を感じたり、力を感じたり、才能を感じたりし
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この世を生きるということ

小さいころから色々なことが起こりすぎて、余り「幸せ」とか「安心」とか「心満たされる」とか、夢のようなお話で・・・自分の周りには「怒り」「不満」「不足」「悲しみ」「イライラ」・・・そんな言葉しか出てこない日常で、どうやったらこの命を絶たずに生きていけるだろうか・・・そんな日々を繰り返してた小さい頃でした。毎日笑っていられる友人を羨ましく思い、自分の状況と比べては、諦める日々でした。「早く死んで宇宙に帰りたい」それが一番の願いでした。そんな真っ暗な学生時代を過ごした私でも、こうやって50歳まで生きることが出来ました。ずっといい子を演じ、社会人になり好きなことに没頭し、現実世界から目を背けられるようにして、生きていたいと少しでも思う様にして生きてきました。この心の矛盾や葛藤をどうにかこうにか自分の納得いくような形で整理整頓し、いらない感情や考えは捨て、自分の中を支える意志は大切にしてきました。結局、今の私に言えることは、『この星は学びの場だ』ということです。沢山の価値観、沢山の人種、沢山の生き方があり自分もその一部で、それを自分の意志で選択できるけども、それはこの星でどうやって調和して生きていくかという訓練の場であるということだということをやっと理解しました。50年経ってやっとです。(^^;)学び合い、支え合い、助け合い、和を保ち、互いを尊重し合いながら生きていく。そのような理想の社会を作れるようにチャレンジしている訓練だということで、魂はそれを望んでこの星に生まれたのだと。だもの、嬉しい事よりもチャレンジの方が沢山起こりますよね。(^^;)学校だもの。(^^;)「嬉しい」「楽しい」
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強いということ、弱いということ

最近、年齢が中年になったせいか、できないことが増えてきました。初めの頃は「そんなことはない!」と思いながら、チャレンジ的な意味合いで頑張ってきたけども、もうそろそろ頑張ることもやめようかなぁって思ったりしました。この世はバランスでできています。そう考えると、できないことがあってもいいんじゃないのかなぁと。弱くて行動にできないとか、元気がなくて、自信がなくて、余裕がなくて、何かが出来ないまたは、難しい場合には、強くて元気があって、自信があって、余裕があって、何でもできる人に頼ってもいいんじゃないかと。この世の出来事に悪と善があるように、配役として「弱い立場の人」「強い立場の人」というのがあると思うのです。なぜなら、全員が同じだったら学び合えないからです。この星は『学びの星』。助け合ったり、協力し合ったり、支え合ったりすることで学び合う星です。相手の気持ちや立場、その他の状況を察し、サポートすることは、相手の為ではなく、自分が成長する為であるわけです。相手をサポートすることで、自分の同じ面を癒していくわけです。つまり、全員が全員、強い人じゃなくてもいいんです。弱い人も必要なのです。この星では。だから、弱いことを恥じる必要はない訳で。だからと言って威張る必要もないわけで。ただ、弱いことを自覚・認識して、強くなろうとする意志さえあれば良いと思います。強い人は、強いことを自覚・認識して、弱い人をサポートする意志があればよいと思います。この星は良くも悪くも『学び合いの星』助け合って、支え合って成り立っていきます。強いから良い、弱いから悪いのではなく、強かったら支える、その学びの機会に感謝す
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