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「セイレーン」と「グローグー」――善と悪のあいだにあるもの(『映画ちいかわ』からの考察)前編

先日、少し時間ができたので、映画でも見ようかと思い観たい映画を探していたのですが、なんだか「ちいかわ」の映画が話題になっていたので、今まで「ちいかわ」というものにほとんど接することなく生きてきたのですが、この機会に映画を見てみようと思い、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を観てきました。で、どうだったかというと、ちいかわの映画なのだから、「かわいい」のはもちろんなのですが…なるほど、話題になるのも納得の、色々と考えさせられる内容でした。で、やはり気になったのが「セイレーン」なのですが…なぜ「セイレーン」が気になったのか、そこのところが他の方とはすこしちがうかもしれません。実は、映画を観ながら、私の頭の中には、まったく別の作品に登場する、あの小さな緑色の子…そう。『マンダロリアン』のグローグーが浮かんでいたのです。今日は、その話を書いてみたいと思います。※ここから先は、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』と『マンダロリアン』『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』の内容に触れます。未視聴の方はご注意ください。「この人は善? 悪?」私たちは、物語を見るとき、つい登場人物を「善い人」「悪い人」に分けたくなります。主人公は善。敵は悪。悪いことをした人は悪人。……もちろん、現実はそんなに単純ではありません。今回の『人魚の島のひみつ』を観て、改めてそう感じるところがありました。映画の冒頭で、セイレーンは、島民を襲います。そして、その理由を知る前の私たちは、おそらくこう思う。「怖い怪物だ」「悪者だ」ところが、物語が進むにつれて、その理由がわかってくる。セイレーンにとって大
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「セイレーン」と「グローグー」――善と悪のあいだにあるもの(『映画ちいかわ』からの考察)後編

前編では、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』のセイレーンと、『マンダロリアン』のグローグーについて考えてみました。二人に共通しているように見えたのは、「大切なものを守りたい」という、とても原始的な気持ち。そこには、善も悪もありません。ただ、「守りたい」がある。でも、その力をどう使うかによって、誰かを救うことにも、誰かを傷つけることにもなる。では、グローグーはその力をどう扱っていくのでしょうか。だから、グローグーにはディン・ジャリンが必要だった『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』では、グローグーはルーク・スカイウォーカーのもとで、フォースの訓練を受けます。ルークは、グローグーにフォースの使い方を教えることができる。身体を動かす。集中する。フォースを使う。戦う。ジェダイとしての道を示す。ルークは、グローグーにとって素晴らしい師です。でも、私はここで、ルークとディン・ジャリンは、グローグーに与えられるものが違うのではないかということに気づきました。ルークが教えられるのは、「フォースをどう使うか」です。一方、ディン・ジャリンが見せているのは、「その力を持った自分が、どう生きるのか」なのではないか。ルークとディン・ジャリンの違いもちろん、これはルークを否定する話ではありません。ルークは偉大なジェダイです。フォースについて教えることができる。戦い方も教えられる。ジェダイとしての道も示すことができる。でも、グローグーにとってルークは、「フォースを学ぶための師」だった。一方のディン・ジャリンは、「生き方そのものを見せてくれる存在」だったのではないか。ディンは、決して完
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