「セイレーン」と「グローグー」――善と悪のあいだにあるもの(『映画ちいかわ』からの考察)後編

「セイレーン」と「グローグー」――善と悪のあいだにあるもの(『映画ちいかわ』からの考察)後編

記事
コラム
前編では、
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』のセイレーンと、
『マンダロリアン』のグローグーについて考えてみました。

二人に共通しているように見えたのは、

「大切なものを守りたい」

という、とても原始的な気持ち。

そこには、善も悪もありません。

ただ、「守りたい」がある。

でも、その力をどう使うかによって、
誰かを救うことにも、
誰かを傷つけることにもなる。

では、グローグーは
その力をどう扱っていくのでしょうか。

だから、グローグーにはディン・ジャリンが必要だった

『ボバ・フェット/The Book of Boba Fett』では、
グローグーはルーク・スカイウォーカーのもとで、
フォースの訓練を受けます。

ルークは、
グローグーにフォースの使い方を教えることができる。


身体を動かす。

集中する。

フォースを使う。

戦う。

ジェダイとしての道を示す。

ルークは、グローグーにとって素晴らしい師です。

でも、私はここで、
ルークとディン・ジャリンは、
グローグーに与えられるものが違うのではないか
ということに気づきました。

ルークが教えられるのは、

「フォースをどう使うか」

です。

一方、ディン・ジャリンが見せているのは、

「その力を持った自分が、どう生きるのか」

なのではないか。

ルークとディン・ジャリンの違い

もちろん、これはルークを否定する話ではありません。

ルークは偉大なジェダイです。

フォースについて教えることができる。

戦い方も教えられる。

ジェダイとしての道も示すことができる。

でも、グローグーにとってルークは、

「フォースを学ぶための師」

だった。

一方のディン・ジャリンは、

「生き方そのものを見せてくれる存在」

だったのではないか。

ディンは、決して完璧な人ではありません。

口数も少ない。

感情を言葉にするのも得意ではない。

でも、彼には信念がある。

守るべきものがある。

約束を守る。

仲間を守る。

そして、何度も自分自身の生き方と向き合いながら、

「自分はどう生きるのか」

を選び続けている。

つまりディンは、

グローグーに「生き方」を

言葉で教えているわけではない。

自分自身の生き方を、グローグーに見せている。

ここが大きな違いなのだと思います。

フォースそのものに善悪はない

ここで、前編のセイレーンの話に戻ります。

私は、フォースそのものに、

「善」


「悪」

もないと思っています。

フォースは力です。

その力を何のために使うのか。

誰のために使うのか。

どこまで使うのか。

それを選ぶのは、力を持った本人です。

グローグーは、
フォースを使って大切な人を守ることができる。

でも、その力によって誰かを傷つけることもできる。

セイレーンも同じでした。

大切な仲間を守ろうとして力を使った。

でも、その力が悲しみや怒りと結びついたとき、
その力は復讐にもなった。

だから問題なのは、

「力があるかどうか」

ではない。

「その力を持った自分が、どう生きるのか」

ということだと思うのです。

グローグーが選んだもの

グローグーは、
フォースを学ぶためなら、
ルークのもとに残ることもできた。

でも、彼が選んだのはディンでした。

それは彼が、

「ジェダイになりたくない」

ということではない。

グローグーは、

「自分は何を大切にして生きたいのか」

を選んだのではないでしょうか。

グローグーにとってディンは、
フォースの使い方を教えてくれる師匠ではない。

フォースを持った自分が、
どう生きるのかを見せてくれる存在。

そしてディンにとっても、
グローグーは単に「守るべき子ども」ではない。

二人は、お互いの存在によって、

「自分はどう生きたいのか」

を学んでいるのだと思います。

「善い人」になるより、「何を大切にする人なのか」

私たちは、

「善い人になろう」

とすることがあります。

でも、本当に大切なのは、

「善い人に見えること」よりも、

「私は何を大切にして生きるのか」

を知っていること。

そして、

「その大切なものを守るために、
どこまでならしていいのか」

という境界を持っていること。

それが、自分の力を扱うということなのかもしれません。

セイレーンは、
「大切な仲間を失った」
という悲しみから、復讐へ向かいました。

グローグーは、
「大切な人を守りたい」
という気持ちから、フォースを使いました。

二つは、とてもよく似ています。

でも、違うところもある。

それは、
その力と衝動を、どんな生き方の中に置くのか。

そこなのかもしれません。

私たちにも「フォース」はある

そして、私たちにも、それぞれ「力」がある。

言葉。

経験。

知識。

愛情。

直感。

決断する力。

誰かを支える力。

そして、ときには怒る力。

大切な人を守ろうとする力。

問題は、その力があるかどうかではありません。

その力を、何のために使うのか。

そして、
その力を持った自分は、
どんな人間として生きたいのか。

そこに、その人なりの「道」が生まれるのだと思います。

セイレーンを見て、なぜグローグーを思い出したのか?

今回、私は『ちいかわ』のセイレーンを見ながら、
グローグーを思い出しました。

なぜか?

それは、セイレーンもグローグーも、

「大切なものを守りたい」

という、とても純粋なところから動いている。

そこには、「善」も「悪」もない。

ただ、

「大切」

がある。

「守りたい」

がある。

「失いたくない」

がある。

でも、その力は使い方を間違えれば、
誰かを傷つけることにもなる。

だからこそ、人には、

「どう生きるか」

が必要なのだと思います。

フォースを持っているだけでは足りない。

力があるだけでも足りない。

知識があるだけでも足りない。

その力を、何のために使うのか。

その力を持って、どんな自分でありたいのか。

それを教えてくれる誰かがいること。

そして、自分自身でそれを選んでいくこと。

それが、「生き方」なのかもしれません。



『ちいかわ』のセイレーンを見ていたら、
なぜかグローグーを思い出した。

そこから、

「なぜグローグーにはディン・ジャリンが必要だったのだろう?」

と考えるようになった。

そして最後には、

「力を学ぶこと」と「生き方を学ぶこと」は、
同じではないのかもしれない

というところにたどり着いた。

グローグーがディン・ジャリンを選んだのは、

「フォースを教えてくれる人」

ではなく、

「フォースを持った自分が、
どう生きればいいのかを見せてくれる人」

を選んだからなのではないか。

そしてそれは、
私たちにも言えるのではないか。

あなたにも、あなたにしか使えない力がある。

でも、本当に大切なのは、

その力を持っていることではなく、
その力を何のために使って生きるのか。

なのかもしれません。

✣みなさんは、
『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』を見て
何を感じましたか?



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