「私」の中にすべてある
こんにちは。光の翼 ここみんです。いつもブログをお読みくださり、ありがとうございます♪「今ここ」で「私」に与えられているものは、ただ偶然に与えられているのではありません。そんな恵まれた環境すら、「ある」のが当たり前の日常となると、人は、有り難みや感謝を忘れがちになります…。「今ここ」で「私」に与えられているものに意識を向けて幸せを感じることもできるし、不足しているものに意識を向けて不幸を感じることもできます。他者は、「持っている」他者には「ある」ものを「私」は、「持っていない」「私」には「ない」と信じていると、その他者に嫉妬を感じたり怒りが湧いたりネガティブな感情を感じます。例えば、成功や幸福度恵まれた環境経済的豊かさ外見、知性能力など。これらを「私」も「ある」「私」も「持っている」…と、満足しているならば、自分と同種と感じられる「ある」「持っている」他者が、目の前に現われたとしても内容の比較さえしなければ、さほどネガティブな感情は感じません。「私」は、それらを「持っていない」「私」には「ない」と疑いもなく信じているから、「持っている」「ある」他者に対して、ネガティブな感情を感じるし、まさに鏡である宇宙は「私」が信じているまま「持っていない」「ない」を実現します。嫉妬から他者の不幸や失敗を喜んで苦しいエゴはその場しのぎ的に「私」を慰めたりしますが、宇宙には「私」と「他者」の区別がなく主語の概念もありません。「他者」の不幸を喜ぶと、「私」も同じ不幸を体験することになります。無意識は強く動いた感情を記憶するので、喜びの感情によって「他者」の不幸の記憶を無意識下に取り込み、願望を実現
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