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「私」の中にすべてある

こんにちは。光の翼 ここみんです。いつもブログをお読みくださり、ありがとうございます♪「今ここ」で「私」に与えられているものは、ただ偶然に与えられているのではありません。そんな恵まれた環境すら、「ある」のが当たり前の日常となると、人は、有り難みや感謝を忘れがちになります…。「今ここ」で「私」に与えられているものに意識を向けて幸せを感じることもできるし、不足しているものに意識を向けて不幸を感じることもできます。他者は、「持っている」他者には「ある」ものを「私」は、「持っていない」「私」には「ない」と信じていると、その他者に嫉妬を感じたり怒りが湧いたりネガティブな感情を感じます。例えば、成功や幸福度恵まれた環境経済的豊かさ外見、知性能力など。これらを「私」も「ある」「私」も「持っている」…と、満足しているならば、自分と同種と感じられる「ある」「持っている」他者が、目の前に現われたとしても内容の比較さえしなければ、さほどネガティブな感情は感じません。「私」は、それらを「持っていない」「私」には「ない」と疑いもなく信じているから、「持っている」「ある」他者に対して、ネガティブな感情を感じるし、まさに鏡である宇宙は「私」が信じているまま「持っていない」「ない」を実現します。嫉妬から他者の不幸や失敗を喜んで苦しいエゴはその場しのぎ的に「私」を慰めたりしますが、宇宙には「私」と「他者」の区別がなく主語の概念もありません。「他者」の不幸を喜ぶと、「私」も同じ不幸を体験することになります。無意識は強く動いた感情を記憶するので、喜びの感情によって「他者」の不幸の記憶を無意識下に取り込み、願望を実現
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喜びで動く(日記)

動機づけ 最近改めて感じていることは、良く言われることだけど人が何か行動しようと思う動機づけには、「喜び」と「恐れ」に基づくものがある。 そして、どちらを選ぶかによって受け取るものが違ってくるんだなということ。 たとえば、対人だったら、「こうしたらこの人が喜んでくれるかな 自分も嬉しいな☆」という思いと、「こうしなかったらこの人が怒っちゃうかも…  怒られないようにやろう…」という思いでは、ことばや行動が変わってきて、もし一見、行動は同じように見えても、結果や体験することが違ってくるようだ。   たとえば、健康に関してだったら、多少体に良くない食べ物を食べても「こんなの食べたらガンになっちゃうかも」と恐れる結果を引き寄せるのと、「これを食べたら癒されて、今週もがんばれそう☆」と思いながら食べるのとでは、健康に違いが出てくると思う。実際、嗜好品を好きなように摂っている方で驚くほど元気に過ごされている方もいるそう。 考えたことは実現したり、引き寄せることになっているみたいなので、日々どんな思いを選択するか気をつけたいと思う。  いろいろな情報があるので気をつけて意識し、選択していきたいと思う。 子育ても同じ 子育てでも、全く言うことを聞かない子供に、恐怖心で動かそうとしている自分に気づくと反省。「こうしてくれるとお母さん嬉しい」とか「こうするとこんな楽しいことがあるよ」と喜びの動機づけで促していきたいと日々心がけ中。 恐怖は楽しさ以上にアドレナリンが出ると聞いたことがあるので、その力は大きいのかもしれない。そこをぐっとこらえて、喜びで促す言葉かけを心がけていきたいと思う。自分のこと
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