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死人と呼ばれていた小学生時代

こんにちは。こんばんは。お悩み相談&自分を知る数秘鑑定をしているあいりです。あまり自分の過去の事を詳しく書いた事ないな~と思い最近思い出した昔のあだ名のお話しをちょっと書いてみます✨タイトル通り小学生時代はクラスの子から死人と呼ばれていました。呼ばれ始めたのは3年か4年生くらいからでしょうか。理由は自分で推測するしかないのですが多分色白&無口が原因かなと思ってます。どこ行っても「あの子白いね」と言われました。白くて気持ち悪いとか。私も好きで色白になってる訳じゃなかったので普通の肌色になりたくて家ではなるべく肌を出して日にあたってたりしてました。でも体質なんでしょう。赤くなって終わりです(´;ω;`)今では多くの方が色白を目指している時代ですが当時は色白が病的な目で見られたり異質なものを見られる感覚がありました。(学校は特に異質なものをはじく傾向がありますよね)実際貧血でもあったので、青白い感じに近かったのかもしれません。写真見ても分からないけど(/o\)そしてとにかく無口でした。対人恐怖症だったので言葉を出す事自体が恐怖でした。周りから見たら暗い子に見えますよね。親の知り合いなどからはお人形さんみたいねって言われたりしましたがそれって誉め言葉なの・・?って感じでいました。今では色白で良いねって言われる事もありますが時代の価値観や常識なんてしょせん移り行くものなんだと思っています。流行など気にせず好きな色の服やカバンなど身に着けていても笑われて嫌な気持ちになったり自分の好みの感覚がおかしいのかなとか思ったりしていても翌年にはその笑われた色が「今年のトレンドカラーはこれ!」とかテレ
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ココナラの森🌳梅雨さんぽ☔60歳乙女【第127話|長い夏休み🍉の孤独とあの頃のわたし⏳】

こんにちは😊 60歳乙女🩷のひろです。今日はね、会社の若いお母さん社員さんとお喋りをしていたときにふと胸の奥からあふれてきた「子どもの頃の記憶⏳」のお話です。その社員さんの子どもさんは、いま学童保育へ通っているそうです。学校が終わるとそのまま学童へ行って、お友達とワイワイ遊んだり、宿題をしたり。お迎えの時間🕰️が来るまで、毎日とっても楽しく過ごしているよ!と聞かせてくれました😊「それなら、お母さんも安心して遅くまでお仕事ができますね」なんてお話をしながら、私の心は、50年も前の自分の小学生時代へとタイムスリップ⏳していました。私の母も、当時はフルタイムでバリバリと働いていました。私の住む街にも学童はあった記憶があるのですが、私はそこへは通わず、放課後はいつも一人で家に帰っていたんです。特に、これからの季節にやってくる夏休み🍉は、子どもの私にとって気が遠くなるほど長いものでした。朝から夕方、時には夜まで、ぽつんと一人きり。テレビがまるで唯一の友達だったり、クーラーもない静まり返った家の中で、時計🕰️の針がチクタク進む音を聞きながら、「一日って、なんでこんなに長いんやろ……」って、寂しさをじっとこらえていたことを今でもよく覚えています。たまに大工の父が「ひろ、行くか」って、軽トラックで仕事の建築現場へ連れて行ってくれた日が、私は飛び上がるほど嬉しかったんですよね🛻それから時が流れ⏳、大人になった私は、三人の息子たちの母親になりました。ありがたいことに、私は結婚してから専業主婦として、子どもたちが「ただいま!」と帰ってくる場所で、ずっと彼らのそばにいる時間⏳をいただくことができたんで
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