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自分を愛するとはハートを愛すること

自分を愛するっていうのは自分のハートを愛することであるべきだと考えます自分を愛することが、自分を甘やかすことだと思っていたり、自分の性格とか思考とか、自分の在り方みたいなものを愛しているとしたら、それは自分をほんとに愛することにはなってないんですそれだと、そこから先には進めないし、いくら自分を愛しているつもりでも、現実的に何も変わらないはずですほんとうに自分を愛せていたら、周りの誰からもものすごく愛される存在になるはずだからわたしはわたしを愛しているっていくら思い込もうとしてもそれでは自分を愛することにはなりません口先だけ愛してるって言うようなひとを引き寄せると思いますハートはあなた自身の女性性であり、いうならば自らのうちなる宇宙のお妃さまとかお姫さまであるわけですそんな風に考えてあげると、愛し方がわかるんじゃないかなあなたは現実的に好きなひとがいますか?そのひとのどんなところが好きですか?どんなところに胸がきゅんとなりますか?あなたがほかのひとや自分にはないと思っているあなたの好きなひとの好きなところって実はハートが男性性であるあなた(思考)にきゅんと感じているところなんですそのうちなる宇宙の状態が現実を創造するので、ハートがきゅんとくる男性性に似たそのひとが引き寄せられてあなたの前に現れたんですそのひとがとても純粋で、その純粋さや誠実さに感動して、こんなひとほかにはいないって思っているのだとしたら、あなた自身(思考)が気づいていないだけで、その同じ純粋さや誠実さを男性性(あなたの思考)も持っていることにハートは気づいていて、尊いって感じているんですあなたが好きなひとのことを
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スピリチュアルにおける愛とはなにか

『愛』という言葉はよくでてきますが、「何が愛?なんで愛なの?」もしくは、「なんかスピ界て愛って言葉ばっかだなあ」と思ったことありませんか?愛というのは一般的に「宇宙との調和へ向かう性質のもの」で、《宇宙の根源(神性)が、個の意識(観測者意識)へ分離し、また統合に向かうプロセスとその本質のこと》を愛(調和へのプロセス)と言っています。※宇宙とは「この世界の全て」の意味です。つまり、このような法則としての「愛」があり、そのうえで私たちの「行為的な愛(気づきの愛)」のことも指します。これはどの有名な宗教でも真理としては同じようなことを指しております。私たちが神なるもの(宇宙根源のエネルギーや創造主などと同義)と一体化を目指したり、近づくことができるのは、愛があるからといえます。仏教における「縁起」という概念も、自分というのは独立した何かではなく、宇宙があるから「自分の意識はある」と感じられ存在できるのであり、つまり自分は宇宙の全てのものと実は一体であるということです。意識からみたとき「私は全てでひとつ」ということです。行為として自分が愛に気づくには、全てのものは「愛である」とみるんですね。これをもっと日常の中でわかりやすく置き換えると、私たちが、周りの人やもの、目に見えないものや素粒子など、宇宙のあらゆる全てのものへ向けて「自分と同じように関心を持つこと」が自らを「愛」へ調和させる行為であるといえます。しかしながら、本当は全て自分と同じものなんだけれど、自我(エゴ)によって誤った見方をしているので、「自分は個として存在している」「他のものとは違う」と自分本位の見方を強く感じ、宇宙の根
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