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正しさの向こうに見えるもの

『これが正しい』 それを伝えたい。 そう思う、そう感じる気持ちは、誰にでもあります。 その正しさはあなたを魅了します。 夢中になって周りを隠してしまうほどに。 自分が正しいと信じると、 どうして分かってくれないのかなって 不思議に思うこともあるかもしれません。 そこに疑いがなければ、ぶつかってしまうこともあります。 でも『正しさ』に夢中になっていると気づけたら、 夜が開けていくように、周りがよく見えてくるかもしれません。 結局、正しいことはひとりで決められるものじゃない。 多数決だとは言いませんが、世界の正しさは集合意識で作られますので、あまり「正しさ」に縛られなくても、大丈夫です。その想いは、静かに伝わっていきます。
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いったん落ち着こう

「もっと欲しい」「こうなってほしい」「あれは嫌だ」多くの人は、日々こうした思いに突き動かされています。それは一種の衝動であり、仏教では「煩悩」と呼ばれています。けど、よく言われる「煩悩を手放しましょう」の前に、そもそも――なぜ、煩悩は湧くのでしょうか?答えが多いからなのか、そこはあまり語られていない気がします。煩悩が湧くのは、不安があるからひとつの答えは、「不安」があるからです。「足りないかもしれない」「失ってしまうかもしれない」「誰にも必要とされていないのではないか」こうした見えない不安が、心の奥で叫んでいる。表面に現れた形が、煩悩だと思います。たとえば──誰かに愛されたいと願う裏には、「愛されていないかもしれない」という不安がある。お金がもっと欲しいという思いの裏には、「足りなくなるかもしれない」という恐怖がある。認められたいという想いの裏には、「自分には価値がないのではないか」という疑念がある。煩悩は、満たされていないという感覚の現れであって、決して「悪いもの」ではありません。むしろ、自分を知る手がかりになります。なぜ人は、不安を抱くのか?心理学的に説明するとすれば、私たちの“思考そのもの”が、不安を生むようにできているとも言えます。脳は「生存」のために進化してきた器官です。つまり、「足りていないかもしれない」と仮定し、リスクを回避しようとする構造を持っている。この「欠如前提の認知」が、常にどこかに不安を生み出します。それは一種の機能であり、防衛本能です。だからこそ、私たちは“十分に満たされている”ときですら、どこか物足りなさを感じることがあるのです。でも、こんな説明聞い
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言葉は通じても話が通じる訳じゃない

特にLINEとかメールでなんですが、実際に会っていても、書いたことや喋ったことが100%そのまま相手に伝わる事はありません。もちろんまれにはあるかもしれませんが、ほぼないと思った方が無難です。 良くも悪くも、歪んで解釈します。なぜかといえば、言葉の規定がそれぞれあるからです。 たとえば、それ違うよって一言。「教えてくれてありがとう!」って受け取るかもしれない。「否定された!」って落ち込んじゃうかもしれない。 実際に会っていればニュアンスで伝わることもありますが、文章であれば、相手がどう受け取るか分かりません。それは相手の世界の話だから相手の自由だし、もし誤解されたり、悪い意味で捉えられても、それは相手の世界では当たり前です。 なんでこんなこと書いたかといえば、自分の気持ちを全部伝えるのは難しいって知っていれば少しは楽になるかと考えてです。 以心伝心で通ずる方がいたら大切にしてくださいね。 あとがき 男性のみなさんへ書いてて思い出したというか思ったのですが、女性にLINEやメールなどで好意を伝えるのはやめましょう。気持ち悪いと思います。100%あなたに好意がある場合はまぁいいですけど、それ以外は失敗します。それにしてもきゃわいい
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ねこつむりの日々

猫頭堂の看板猫のつむりんです。オッドアイのスコティッシュです。縁起がいい?って言われるオッドアイ。我が道をゆく、たくましい女の子です。
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