いったん落ち着こう
「もっと欲しい」「こうなってほしい」「あれは嫌だ」多くの人は、日々こうした思いに突き動かされています。それは一種の衝動であり、仏教では「煩悩」と呼ばれています。けど、よく言われる「煩悩を手放しましょう」の前に、そもそも――なぜ、煩悩は湧くのでしょうか?答えが多いからなのか、そこはあまり語られていない気がします。煩悩が湧くのは、不安があるからひとつの答えは、「不安」があるからです。「足りないかもしれない」「失ってしまうかもしれない」「誰にも必要とされていないのではないか」こうした見えない不安が、心の奥で叫んでいる。表面に現れた形が、煩悩だと思います。たとえば──誰かに愛されたいと願う裏には、「愛されていないかもしれない」という不安がある。お金がもっと欲しいという思いの裏には、「足りなくなるかもしれない」という恐怖がある。認められたいという想いの裏には、「自分には価値がないのではないか」という疑念がある。煩悩は、満たされていないという感覚の現れであって、決して「悪いもの」ではありません。むしろ、自分を知る手がかりになります。なぜ人は、不安を抱くのか?心理学的に説明するとすれば、私たちの“思考そのもの”が、不安を生むようにできているとも言えます。脳は「生存」のために進化してきた器官です。つまり、「足りていないかもしれない」と仮定し、リスクを回避しようとする構造を持っている。この「欠如前提の認知」が、常にどこかに不安を生み出します。それは一種の機能であり、防衛本能です。だからこそ、私たちは“十分に満たされている”ときですら、どこか物足りなさを感じることがあるのです。でも、こんな説明聞い
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