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すべてのブログから「#本能寺の変」タグの検索結果

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豊臣政権からの学び

少し前に戦国時代の歴史小説を2冊ほど読みました。安部龍太郎さんの本です。吉川英治や司馬遼太郎の代表作は完読しているので、本格歴史小説(特に存命作家)だと安部さんの本をよく読みます。ちなみに歴史小説と時代小説は別ですよ。時代小説は藤沢周平とか。さて読んだ2冊の本は、「関ヶ原連判状(上下)」と「下天を謀る(上下)」で、主役は前者が細川幽斎、後者が藤堂高虎。この2冊を読んで思ったのは、政権維持の難しさです。豊臣秀吉はその生涯の前半と後半があまりにも印象が異なる。前半は、はつらつとした活気、エネルギーに満ち溢れ陽気。後半は、お家繁栄の猜疑心に凝り固まって陰気。吉川英治は前半しか書いていない。司馬遼太郎は両方描いている。安部龍太郎は後半が多い。 ここで豊臣政権について考えてみます。秀吉はなぜ天下をとれたのか? ①よい上司に仕えた、②命をかけて思い切り大胆な構想・行動をとった。この二つかな。そして、そのベースに「もって生まれた軍略的才能」があったわけです。「本能寺の変」の時、羽柴秀吉と柴田勝家では勝家のほうが近い場所にいた(北陸)。しかし中国大返しで明智光秀を打ったのは秀吉。なぜか?勝家の発想が「織田家の存続」だったのに対して、秀吉の発想は「天下を取る」だった。構想の大きさ、ビジョンの輝きが違ったんです。結局、ビッグピクチャーを描いた者が天下を取りました。このあたりまでは、日本史の奇跡と言えるほどのサクセスストーリーです。 しかし天下を取った後がいけない。織田信長は世界を見ていましたが、秀吉は日本すら見ていない。豊臣家しか頭にない。朝鮮出兵も大義のない侵攻です。利休や秀次を死に追いやった。
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小栗旬の信長はこれで見納め!豊臣兄弟「本能寺の変」

7月12日の大河ドラマ豊臣兄弟!第27回は、「本能寺の変」でした。小栗旬演じる信長が見納めになる回です。本能寺に滞在中、寝込みを襲われた信長は白の襦袢姿で槍や刀を持ち戦いました。最後は明智光秀や浅井長政、女子供、信澄(信勝の子供)と信勝(信長の弟、信長に謀反を働き殺される)が走馬灯のように現れます。「ワシは恨まれることばかりしてきたからのう・・」そんな思いが常に信長の心にあったのでしょう。でも最後は、自分を慕ってくれた豊臣兄弟を思い出し未来への希望を託して自刀しました。最期に信長の傍にいたのは、近習として仕えていた森乱でした。炎に包まれた本能寺で「脇差を貸せ」「頼む」・・・「ワシの首、決して敵の手に渡すでないぞ」・・と、森乱の頬をなでながら言い聞かせます。森乱は有能な青年でかつ美少年だったので、信長に寵愛されていたとも言われています。真実は分かりませんが、上司と部下以上の人間愛で結びついていた二人の関係が、死に際の1場面に凝縮されていました。とても美しい場面でした。話は遡りますが第26回「信長を笑わせろ」では、小一郎と秀吉が信長と市(宮﨑あおい)を長浜城に招き、楽しんでもらおうと画策する回でした。謀反の疑いがあれば(今回は信勝の忘れ形見、信澄に対する疑念)言い訳無用で罰する信長。豊臣兄弟は、信長の孤独や苦しみを和らげることで、疑念を解消したいと思ったのです。信長をもてなそうとあの手この手で立ち回る羽柴家に、ついに信長は「ばかばかしい」と笑い出し、信澄を許すことにしました。安土城に戻った信長は柔らかな表情で「楽しいひとときであった」と呟きます。実際に信長が長浜城で、もてなされたか
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今日は何の日。

みなさまこんにちは。今日は、本能寺の変があった日です。イラストを描いてみましたので、ご覧ください。
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🔥人生で一度は本能寺の変 見ておくべき!🔥見届けました?

皆様、23日放送された大河ドラマの「本能寺の変」見ましたか?本能寺の変は、今なお考察が盛り上がる歴史事件。今回(どうする家康)はこういう解釈or演出できたかと(/・ω・)/今まで自分が見てきた大河や映画、漫画と対比して楽しみました。土曜日(29日)再放送があるので見逃した人は是非!織田信長の最後見届けましょう!(; ・`д・´)bなお次回放送は有名な伊賀越えです。
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