絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

11 件中 1 - 11 件表示
カバー画像

☘️甘えていますか? 強がって甘えられない人へ☘️

こんにちは! ☘️ゆぅ☘️のお部屋へようこそ♬いきなりですが!!!あなたは普段から誰かに甘えることができてますか?【甘える】と【甘え】は全然別物ですが今回は \甘えることの大切さ/ ついつい自分が頑張らなきゃ。頼ってもらってるからしっかりしなきゃ。ここでの【甘える】は【ありのままの素の自分】という意味。ずっと仮面をかぶっていたり強がって、弱みを見せないようにする自分でいるのは疲れますよね。私は子どものころから、一人っ子かつ親戚の中でも一番年下そんな環境にいて、激アマな中で育ってきました☘️一人っ子なんだけど、身近に頼れるお姉ちゃんお兄ちゃん・大人たち。甘える、というよりは優しい言葉で甘やかされてきたと思います。甘やかされつつも【甘える】ということに抵抗を感じない性格になったかと。甘えることもするけど【甘えられる】ことも大好き♡\甘えずにいることは素の自分を閉じ込めてしまう/甘えることが苦手。というより嫌だという方もいると思います。でもずーーっと強がったりして張りつめ続けるのはこころへの負担も大きいです。どこかで【甘えられる場所】【ありのままの素の自分】でいられる場所をみつけてみてください☘️*知ってる人に弱い自分をみせたくない*素の自分をみせて嫌われたくない*自分がしっかりしなきゃと育ったから甘え方がわからない素の自分を出せずにずっといると無意識のうちにこころがパンクします無意識なので予兆もなく突然です。✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼こころがパンクする前に私に甘えてみませんか?ここなら匿名なので素の自分をさらけ出してもばれません♡私はありのままの素のあなたを全力で受け止め
0
カバー画像

既読にならない画面を見つめて。本当は寂しいのに、物わかりのいいフリをしてしまうあなたへ

こんにちは、てんせつです。お昼のひととき、いかがお過ごしでしょうか。午前中のお仕事や家事も、本当にお疲れ様でした。ホッと一息つく休憩時間。ふとスマホを取り出して、画面を見つめたまま、小さくため息をついてはいませんか?「彼からの連絡、まだ来ないな……」「本当はもっと話したいし、寂しいって言いたいけれど、重いって思われたくないから我慢しよう」そうやって、大好きな人の前で「物分かりのいい、手のかからない大人」のフリをして、じぶんの本当の願いをきゅっとお腹の底に抑え込んでしまう。そんな時間を過ごしている方もいらっしゃるかもしれません。相手を大切に想うからこそ、嫌われるのが怖くて強がってしまう。その心の葛藤は、本当に苦しいものです。スマホの画面を見てを握りしめてるケースがよくある方はこの記事も読んでみてください。ただ、私はここであなたに対して、「そんなに強がらなくていいよ、あなたは悪くないんだから」と、いつでも一律に優しい言葉だけをかけることはいたしません。かと言って、「甘えるな」と突き放したり、お説教をしたいわけでも決してありません。本当に心が折れそうで、涙が止まらないほどボロボロなときは、私は何も言わずに、ただその痛みを丸ごと包み込みます。まずは安心して、こころを休めることが一番大切だからです。でも、もしあなたの心に、少しでも「この苦しいループから抜け出したい」というエネルギーが湧いてきているのなら、私はあなたの人生のハンドルを一緒に握り直すための、凛とした強さを持った言葉も、ちゃんとお渡ししたいと思っています。誰に対しても、どんな状態のときでも、ただ「今のままでいいよ、頑張らなくて
0
カバー画像

強がりという皮

おはようございます。昨夜は相方さんとお話する中で号泣が生まれていました。人も自然の一部とよく表現していますが、頭の考えからの不足感から生まれるものというより自然になぜだかわからないけれどこう感じてしまう、こうしたいと感じてしまう・・・お腹すくのもなぜだかわからないけれど空いてきますよね。そんな心地から生まれるもの。そこには、”こんなことしてはいけない”があると無意識に抑えてしまってることもあるのですね。それがわがままのことのように感じてしまうことが多いかおしれませんがそれが、いのちの一部分、自然の一部である自分という存在を本当の意味で活かすということにもなる気がしています。全体、いのちとの一致感のようなもの。周りがどうとか、あの知識ではどうだからあの人がああ言ってたから・・・そのような制限がごっそり崩されたところ。一人一人がその器そのまんまの性質と一致して存在できたら素晴らしいな~って自然に全体の調和の感じが届いてくるようです。このサラさんはずっと強がってきたところがあったらしく昨夜はそこが崩されて本当はこうだったんだよ~ってう弱さが出てきました。たくさんの涙と一緒に・・・この器はただただ縁ある人の傍で安らいでいたいだけ。いのちが自然に活かされることを感じていられたら、それが幸せだ。そんなところがあったようです。そんな甘えていてはだめだ。なんてどこか気丈にふるまわなければという制限があったのでしょうね。こんな風に無意識な力みが玉ねぎの皮のように私たちにはくっついてるきがします。そして、ビジネスがしたいという質はないらしくきっと、このお電話もご縁が起きなくなれば自然になくなってい
0
カバー画像

友達の前では自然体なのに、彼の前だと「一人が気楽」と強がってしまうあなたへ

職場の同僚や友人の前では、いつもニコニコと自然体でいられるし、自分の意見も普通に話せる。周りからも「いつも冷静で頼れる人」「自立していて格好いい」なんて言われることが多い。それなのに、いざ大好きな彼の前になると、途端に心がガチガチに緊張して、可愛げのない「痩せ我慢」ばかりを繰り返してしまう……。本当はものすごく会いたいのに、彼から予定を聞かれると「最近、仕事が忙しいから無理しなくていいよ」と冷たく突き放すような言葉を返してしまう。心の中では「寂しい、もっと一緒にいたい」と泣いているのに、口から出るのは「私は一人の時間がないとダメなタイプだから平気」という、本心とは真逆の強がりばかり。そんな、不器用な「嘘」を自分で自分については、デートの帰り道に「なんであんなこと言っちゃったんだろう」と、激しい虚無感に襲われてはいませんか?素直になりたいのに、どうしても逆の言葉を選んでしまう。そんな切ない葛藤を抱えているあなたに、20年の医療現場と38年の武道修行の視点から、その「強がりの正体」をどこよりも丁寧にお伝えさせてくださいね。🖤 傷つく前に自分で距離を置く、本心とは逆の言葉のからくりなぜ、あなたは彼の前だと、これほどまでに極端な「痩せ我慢」をしてしまうのでしょうか?心理学の世界では、これを「拒絶感受性(きょぜつかんじゅせい)」の誤作動と呼びます。あなたの心の奥には、「もし素直に『会いたい』と伝えて、彼から断られたら、もう生きていけないほど深く傷ついてしまう」という強烈な恐怖が隠れているのですね。だからこそ、あなたの脳は、傷つくリスクを避けるために先回りをして、「彼から拒絶されて傷つくく
0
カバー画像

「私なんて愛されるはずがない」彼からの優しさを素直に受け取れないあなたへ

彼から「可愛いね」「本当に大好きだよ」と褒められた時、心の底から素直に「ありがとう!」と喜べず、なぜか「お世辞でしょ」「どうせ誰にでも言ってるんでしょう」と冷めたフィルターで好意を突き放してしまう。素敵なプレゼントをもらったり、至れり尽くせりのデートをエスコートされたりした時、純粋に幸せに浸るよりも先に、「こんなにしてもらって、お返しどうしよう…」「私なんて、こんなに大切にされる器じゃないのに」と息苦しいほどの『重荷』に感じてしまう……。今、大好きな人との恋愛の中で、そんな切ない「受け取り拒否」の我慢を続けてはいませんか?幸せになりたくて恋をしているはずなのに、いざ本物の優しさや愛が目の前に差し出されると、どうしてもそれを受け止められない、受け入れられない。それどころか、「愛なんて存在するはずがない」「仮に今あっても、それは一時的なまやかしに過ぎない。いつか必ず裏切られて、私は見捨てられるんだ」と相手の愛を疑うことで頭がいっぱいになってしまう。そんな風に、差し出された手を自ら振り払うような態度をとっては、夜中に一人で「なんで私はこんなに可愛げがないんだろう」と情けなさでのたうち回っている……。そんな健気で孤独な夜を過ごしているあなたへ20年の医療現場を歩み38年の武道修行を重ねてきた私から絶対に忘れないでほしい真実をお伝えします。あなたが彼の愛を素直に受け取れないのは、あなたの性格がひねくれているからでも、冷淡だからでもありません。あなたの心が「これ以上、絶対に傷つきたくない」と必死に自分を守ろうとしている気高い『防御反応』なのです。どうか、素直になれない自分をこれ以上責めない
0
カバー画像

羨ましさの裏側にあるもの

人はみんな 「見せている姿」と「隠している本音」の間で 生きている。 そう気づいたとき、 羨ましさは少しやわらぐのかもしれません。 昨日の記事を読み返していて、ふと思いました。 あれは自分の気持ちを中心に書いていたな、と。 羨ましい、妬ましい──そう感じてしまう相手も、 きっと本当は、 人に言えない辛さや、人に見せない頑張り、 そして弱さを抱えているのだと思います。 私自身を振り返ってみると、まさにそうでした。 内側では羨ましさや劣等感を強く抱えながらも、 外に見せる自分は 「私は平気!私は幸せ!私は楽しく生きてる!」 という姿ばかり。 実際、 「毎日楽しそうだね!」とか 「悩みがなさそうだね~」とか よく言われてましたが、 「そうですよ~(*^▽^*)」 なんて言いながら、 私の事、何も知らないくせに・・・ というねじれた思い ( ˘︹˘ ) 外面を装うことは、私にとって 意地でもあり、自己防衛だったのかもしれません。 そして、そんな自分を今では誇りに感じてもいます。 必死に自分を守りながら生きてきた証だから。 けれど同時に、 相手の人の表面だけを見て 「羨ましい」と感じていた自分は、 大人でありながらも、 どこか幼かったなと今は思います。 人は誰しも、 見せている姿と抱えている本音の間で生きている。 そのことに気づいたとき、羨ましさや妬ましさも、 少しずつ和らいでいくのかもしれません。 あなたにも、「羨ましい」と感じる誰かがいるでしょうか。 その人にも、 きっと“見せていない部分”があるのかもしれませんね。
0
カバー画像

ホッと、ひといき☕ 自然治癒力

ベクトルを自分の心に向けてみた自然治癒力辛い悪い悲しいだんだん癒されていく弱い心が強くなり健康になっていく
0
カバー画像

自分を知ることで楽になる

こんばんは♪今日は久しぶりにカップヌードル食べたくなって酎ハイも飲みたくなりました。美味しかったです^^今日は娘ともお話いしていて娘も見たくなかった自分の本心自分が理解できて、なんかすっきりしたって表現していて。私たちって無意識に見たくない自分をどこか恥ずかしくて強がっているところがあるのですね。ご縁あるお電話くださった方ともそんなお話になったのでした^^サラさんもたくさんありました。機械人間みたいって娘にも言われていましたし、前一緒に住んでいた存在にも”サラさん何を考えてるかわからない”って。以前も書いたけど本心や感情を無意識に抑えて強がって全体として在ろうと強がっていたのでした。娘もそんな自分に気づいて緩んだみたい。今は怖い時は怖い~不安な時は不安。弱さもそのまま出せているということは受け入れられているし、それだけで、自らを理解できていて楽なのですね。強がっていると素の自分にも抵抗していることになって不自然になってどこか詰まったような感覚が生まれますよね。本当はね、こういうことが嫌なんだ。怖いんだ。自らを知ることで、解けるていく・・・自然に還るあるがままに戻る。そういうことなのでした。大丈夫なふりなんてしなくていい。正直でいていい。それがね、全体であってまた個であるの。調和なのでした。
0
カバー画像

男は好きな人の前では強くなる?

なんで好きな人の前では 苦手なものや嫌いなものも「あー」大丈夫!任せて!と強がる。のか?誰もが経験があると思います。そんな男心を考えていきたいと思います。好きな人の前ではなぜ強くなるのか⁈好きな人の前では男は 強がります!そりゃそうですね。カッコつけて強がってみせますよ。好きな人の前では、弱いところを見せたくないし「男らしい人」と思われたいし「たくましい人」と思われたいです。「優しい人」と思われたいですから、好きな人の前では強くなれます。そりゃそうですよ。初めてのデートで 好きな人と初めての食事。(ドキドキ)「大体何食べたい?」から始まる。お互いの心理戦!お互いがまだ何が嫌いで?何が好きか?分からないのでお互いの気の使いあい!お互いが好きな食べ物で収まればいいですが上手くいかないと、どちらかが強がるー!ちょっと苦手な食べ物だけど、仕方ない今日はがんばろー!そんなことありませんでしたか?誰もがそんな経験、ある気がしますが。初めの頃は、相手の様子を伺いながら「どうなんだろ?」「食べれるのかな?」「ほんとに好きなのかな?」って心配しながらお店に入りますよね。苦手なものでも、我慢して食べますよー!カッコ悪いところ見せられないので。「あーこれこれ俺の苦手なホウレンソウ、来ちゃったのかー品切れじゃ、なかったのかー?こんなとこで己の弱さは見せられん心していただく!」みたいな感じで、内面は戦っています。行く場所でも 男は強くなる!(かっこつける)例えばデートで高いところ(スカイツリーや観覧車)に                行くことになっても 「おーまじ高けーおー下見たらやばいわー」的な内面
0
カバー画像

悩みなんてなさそう

そう見せてるだけそう言われたらそう思わせないといけないって思ってしまうわたしは強い子あなたは強いフリをしているだけ
0
カバー画像

気丈の重荷

精神的、体力的、金銭的な負担の増大を背負いたくない。 ​ ​ ​ ​ そんな相手の想いを深掘りして読み取っていくと、 ​ ​ 長い間繰り返し続けてきた、 ​ ​ もしくは過去生(?)があるなら転生前からずっと続けてきた、 ​ ​ 強がる、大丈夫な振りを無意識にしてしまう記憶の影響、 ​ ​ あるいはそうするしかないような呪縛を感じ取る。 ​ ​ ​ ​ 弱弱しく泣き虫として存在しても良い、気丈である必要が無い生活、 ​ ​ 支えてもらえる、守ってもらえる生活の中で安心して過ごしていたい、 ​ ​ というような生命エネルギーが届いてきた。 ​ ​ ​ ​ 過去生が存在するなら、まるで歴史を越えて抱き続けてきた ​ ​ 悲願のような壮大なストーリーや背景を感じて、 ​ ​ 自然と「お疲れ様でした」という労いの言葉が浮かぶ。 ​ ​ ​ ​ 負担の増大を背負うことに対しての拒絶反応の影響や、 ​ ​ 気丈に振る舞う必要があるという強迫的な反応の影響が、 ​ ​ 自身の中から無くなっていくと、生きるストレスからの解放や ​ ​ 生きやすさに繋がる方々は多いかもしれない。
0
11 件中 1 - 11