ナンバー2の憂鬱
小学二年生の私は、身体も小柄で奥手で、友達の輪の中でいつも二番目の位置を保とうとしている、そんな臆病な子供でした。
臆病なくせに自尊心だけは高く、今日は誰か自分のことを話題にしないかと、自分に興味を持ってもらうことばかりを考えていました。
いつも待つばかりで自分から動き出すことはありませんでした。小学二年生の集団でも自然と序列ができます。
その中のナンバー2は厄介な存在です。位置を保ちながらナンバー1を虎視眈々と狙っています。一番への執着心が強く、勝手にナンバー1をライバル視しています。でもなれないことは薄々気づいています。
序列の三番手、四番手は個性を生かして別の路線を歩むことができます。
ナンバー2は、いつも一番手を見ているためその道を見失いがちです。上に行く道は遠く、横に逸れる道も想像できないでいます。
ナンバー2が抱える憂鬱は厄介ですね。
ナンバー1の実力が発揮されるのは何か問題が起きた時です。
大きな曲がり角をむかえた時です。即座の判断と大胆な決断は魅力的に映ります。でもある人に魅力的に映る景色も別の人には違った景色に見えることがあります。ナンバー2の人材は別の景色を見ています。
大人になった社会でも同じようなことが起きています。新しい波に立ち向かうには強い意志が必要です。しかし波が静かになった凪の状態は、強い意志を得意とするナンバー1には退屈な時間になります。
そんな時力を発揮するのがナンバー2の平らな世の中ををつくる発想です。平静を保ちながら持続的な状態を維持できる能力です。平静な状態を楽しめる才能です。
ナンバー2には、二番手としての生き方があります。
それはナ
0