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最後の晩餐にナンコを選びました

私の地元の郷土料理であるナンコ。馬の腸を味噌味にして炊くもので酒のツマミになります。かつて炭鉱では、動力としてドサンコと呼ぶ馬を使用していました。ドサンコは、サラブレットと比べ力があり丈夫で、炭鉱の重たい荷物を運ぶ役目を担いましたが、足が折れるとダメになるのはサラブレット同様です。炭鉱では、故障した馬を供養するため、馬を食べる風習が根付きました。 馬は労働者にとって仲間そのものでした。仲間である馬を食べるという言葉に罪悪感を持った労働者が、ナンコという表現を使い始めたと言われています。 十二支を磁石や時計のように描くと馬(午)は6時に位置します。つまり南です。 地元の炭鉱労働者の中には秋田出身者が多かったそうです。秋田では「どじょっこ、ふなっこ、わらしっこ」のように語尾に「こ」を付ける言葉が多くあります。 労働者は、仲間である馬を食べると言えずに「南(なん)」と「こ」を使って「ナンコ」という言葉を生み出した…そんな逸話が残されています。 最後の炭鉱が閉山になったのは平成元年で、それまで、多くの労働者が長屋で生活していました。 馬の腸には糞が混じり、調理をする前に処理をしなければなりません。処理をしても凄く臭いので、どこかで馬を炊くと長屋中に分かるものでした。 ナンコは、炭鉱だけではなく地域の各家庭の食卓に並ぶようになっていて、今でも時折見かけることがあります。大量の生姜やニンニク、南蛮を使うものや、カレーを混ぜるものもあるなど、家庭ごとに味は違います。 父が亡くなり、神道の儀式として五十日祭を行う前夜、私は父にナンコを食べさせたてあげたいと思いました。しかしナンコを炊いた経験が
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最後の晩餐⁈

ナースのお人形実はこれドイツで買ったものなんです。頑張った自分へのお土産でした。もう20年くらい前になりますが病院からの研修で2週間プロテスタント教会病院でシスターと一緒に生活した事がありました。挨拶程度の片言しかドイツ語は話せませんでしたが(英語も大したことはない(泣)病院内は医療用語の英語がある程度通じたので何とかドクターとも会話できました。毎日聞く事にすごっく疲れてバッタんキューって感じでした(>_<)ちょうど6月だったなと今日で5月が終わるので思い出しました。この時期向こうは白夜みたいに11時くらいまで明るいんですよ!ご家庭でゆっくり時間を過ごす方が多かったです。朝も5時くらいには明けてました。シスターとの生活はすごく気を使って下りとても楽しく過ごせました。私達が行く前の3月に他のシスターが私たちの病院に来られていたこともあり事前に交流が持て、ドイツでも日本様式の食事を準備下さったんです。コップに入ったお水やタイ米のようさらっとした米飯にソースをかけて食べるというような。しかしこれはとてもつかみにくくてフォークとナイフを使って食べるのはまだよかったのですが箸を準備して下さり実質米粒一つ一つ食べるって感じで指南の技でした。しかも他のシスターたちの注目を浴びながらでした・・・珍しそうに見ておられたのを覚えています。ドイツでの食事が本当に美味しくて近くのスーパーで黒蜜やホースラディッシュ、ザワークラウトなどなど沢山船便で送り、3か月後の余韻も消えた頃にまた楽しんでました。ザワークラウト=酢漬けのキャベツソーセージと一緒に食べる習慣です。ソーセージの脂分をザワークラ
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