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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その13~

昨日の記事は割と偉そうなお説教みたいで変な感じでしたね。あっ、いつも変な感じでしたね。ところで、最初の頃の記事でも書かせて頂いたと思いますが、呼吸をあれやこれやといじらずに、今ある自分の呼吸をひたすら尊重することこそ重要、というのがこのブログを通貫するテーマとなります。それで、息を数えたり止めたり、吸うよりも吐く方を強く意識するとか、取り敢えずちょっとそういうのは待ってくださいとお伝えしたかと思います。それで、ここからが非常にデリケートで表現の難しいところなんですが、それは、本当に興味も何も無いほったらかし状態にすることとは違います。出来れば愛情を持って眺める、自分の呼吸を愛でる、そんなことをやってゆくのだと思っててください。しっかりと認識はするけれども決して手出しはしない。大脳が発達した人間の、それはもしかすると最も不得意な事と言えるかも知れません。さあそれでは、自分の呼吸を眺める、続きと行きましょう。続きって、何の続き?と思われる方、このブログの~その8~の続きです。エッライ前の話です。自分で心地好い刺激を施して温かくなった体、その体の何処でも、最初は楽に手が届く上半身の何処か、胸とかお腹の辺りが良いかと思いますが、その何処かに手を当てて、呼吸によって膨らんだり萎んだりしているのを感じてみます。例えば、昔ながらの自転車の空気入れ、あれは、“私”がやらねば空気は入りません。けれど、自分の呼吸、これは、別に“私”が頑張らなくても勝手に入ったり出たりしてると思いませんか。「空気入れも今は押し当てると勝手に入るよ」と誰か今心で思いましたね。あれはあれで、“私”の代わりに“コンプレッ
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気楽に読んでください、呼吸のおはなし ~その24~

今回は、余計な手を加えないありのままの呼吸を認識し眺める為に誤解を解いておきたい大事な言葉に付いて語ろうと思います。このブログのかなり初期の記事でさり気なく予告したことでもあります。それは、息を " 吸う " という表現です。吸うという言葉は動詞です。無意識の内に能動性の高い印象で多くの人の頭は捉えていることと思います。確かに、体の外にある空気を体内まで引き込む作業な訳ですから、そういう意味では確かにかなり能動性の高い運動の一種と言えるでしょう。しかし、体内に必要としている酸素量が欠乏しないようにとの反応によって起こる運動と捉えると、逆にかなり受動性の高い営みとも言えます。この受動的な反応としての呼吸という観点を得たならば、かなり一回一回の呼吸の効率を上げることが叶うと思います。前回、腕を伸ばすと実は体が息を取り込むという事を書きました。伸ばさなくても、挙手するだけで胸郭が広がって空気が肺まで流れ込んで来ます。息を吐こうとか吸おうとかを先回りして頭で決めてしまわないで、ちょっと腕を挙げてみるのです。花粉症などで両方の鼻が詰まってでもいなければ、科学的に説明可能な原理が働いて、新しい空気はもう肺の中に在ります。「わたしが息を吸う」という感覚は、もうそれだけで本来なら呼吸に協力可能な色んな体の各部位を、呼吸とは縁遠く切り離してしまいます。落ち着いて、ただ腕を挙げるだけです。私の意志とは関係なく、それで息は取り込めています。腕を大きく、そして時間的にも少し長く挙げていれば結構大量の空気が、そっと小さく短く挙げればそれに見合った少しの量の空気が、そう、動きに見合った分だけの空気が肺に流
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