教育とは学校とは何なのか
自分の学生時代を思い出すと学校は肌に合わなかったし勉強は好きだったとはいえない。その中で本当に自分が正しい行動をとれていたのかとたまに考える。教育学についてカントやケラーなどをほんのさわりだが学んでみたが、教育学というのはいかに授業がためになり、子供達が興味を持って学びやすい環境をつくるかという内容を追求する学問のように感じた。私が興味を持ったのは経済学上でいう、貧困層に学問を学ばせる事が格差の解消に本当につながるのかという事だ。もちろん不登校などの問題もあり学校に興味をもち通えるようにすることは大切な事だ。しかし、本当に学びたくともお金の問題で学ぶ事ができない場合は学問自体に興味を持つことは難しいと思う。また貧困層に学問を教える事はパターナリズムにならないだろうか。本人の自主性の元、勉強を教わりにきているのならば必要な事だが、例えば誰かに強制されているとしたらそれはまさに本人の意図がおざなりになっている。今の学校が以前と比べどのように変わってきているのか、文部科学省の資料などを読んでいくと不登校問題などは、昔と変わらず高い水準で推移されているようだ。私も中学から高校までは学校がそれほど好きではなかった。やはり学校の学問それ自体に意味が見出せなかったし、大学で法学を学んでも法学を追求する意義も見出せなかった。結局法の正義を追求してもすべての職種にはお金がからむ。お金が絡めば判断も歪曲する。だったらすべて無償で行うのはどうだろうと考え、ボランティア活動をしてみた。確かに仕事で動くのとは違った感覚があった。仕事で動いている時は当然だがお金の事を考える。眠い朝に頑張って起きるのも、上
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