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【憎い・恋しい、それが人】

心理カウンセリングの技法に「対決」がR。これは、クライエントの行動、思考、感情、意味における、不一致、矛盾、葛藤を指摘することで、矛盾・葛藤・混乱は統合され、行動変容が起きやすくなる。ねらいは、矛盾の説明、又、その解決策についてのクライエントの意見表明を促進すること。クライエントは自己理解を深め自分の弱さや問題点に気づいた時に、自分を変える意欲を持つが、内面に矛盾・葛藤・混乱がある為、元の習慣は容易には変わらない。つまり、矛盾・葛藤・混乱を統合し、行動変容が起きやすくするための技法なのだ。  例えば、2時間ドラマに出てきそうだが、仕事もせず、酒やギャンブルに溺れ、稼いだお金を悉く奪っていったり、勤め先にまで小遣いをせびりに来る彼氏(そんな資格があるとは思えんが)の存在に苦しみ、何度も「別れたい」「別れよう」と思いながら、「見捨てないでくれ」「お前しかいない」「これから真面目にやる」などと泣きつかれると別れられなくなってしまう女性がいるとする。彼女をを愛するもう一人の誠実な男に「あんな男といてはいけない」と何度忠告されても、聞き入れることも、彼の愛を受け入れることもしない。結局、どんなにダメな男であろうと、彼女にとっては離れがたい相手なのだ。彼女が彼氏の行動に苦しんでいるのは確かだ。「別れたい」「別れよう」という気持ちもある筈だ。しかし、その反面、どこかに彼氏への思いや、「別れたら彼はどうなる」「自分はどうなる」という不安等もあったりするのかも知れない。そして、厄介なことに、折角、誰の目から見てもこの人といる方がいいだろうと思えるような誠実な相手との出会いがあっても、そちらを選ぶ
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【チビと言われたら~続・自分を愛せるか?~】

昨日のブログでも伝えたが、私は、体の小さい家系に生まれたことは迷惑に思いつつも、「小さき者の特権」もあることから、これをあるがままの自分として受け入れている。しかし、そうかと言って、他者からあからさまにそのことをからかわれることを受容するほど人間はできていない。これは、「小さい自分を認めるのが嫌」という類のものではなく、他者の外見をからかうという行為の存在自体を認めていないからだ。それを、円滑なミュニケーションを重視して、いじられキャラなどで通してしまううちに、いつしか「あいつには何を言ってもいい」という図式が出来上がってしまう。以前いた劇団の座長がそうだった。自分が出演を希望していた見栄えのいい役者に断られたので代役として私を自分でキャスティングしていながら、稽古中、事あるごとに私とお目当ての役者との外見の違いをあからさまに嘆いてみせるのだ。流石に他のメンバーから「座長、それは言ってはいけない」とたしなめられていたが、本来、私自身が、「こんな体格だと分かっていてあなたがキャスティングしたのだから、嘆いている暇があったら、少しでも映える演出を考えたらどうですか!!私も精一杯やりますから」とキッパリ反論すれば良かったと今は思っている。無理に代役に抜擢され、「もっと身長があったらなぁ」などと好き放題言われ、それでも黙っていた私は、「あるがままの自分」を守っていない。いわば自己愛が欠けていたと言えよう。他者との交流には「あなたがそこにいることを私は知っています」ということを表す「ストローク」が欠かせない。「ストローク」には、身体的(肌の触れ合い)・非言語的(表情・動作)・言語的(言葉
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【「やっくん」久木弥九蔵:著 第6回】

 今月末まで、過去のブログを一部修正を  施した上で再掲載とさせていただきます。  本日は、初期の名作、久木弥九蔵自叙伝  「やっくん」全7回の第6回目をお届け。  前回のブログも併せてご覧くださいませ。 ──────────────────── 以後、自分を磨くために、仕事一辺倒の  姿勢を捨てて、様々な活動を通して他者  との交流を深めて、スキルを高めながら、  人のあるべき姿を模索してきた。某劇団  に加入したのもその一環で「久木弥九蔵」  は、その際に考えた芸名である。離婚後、  とあるきっかけでクッキーを焼くように  なっていたことと洒落っ気のある芸名に  したかったことから「クッキー焼くぞ⇒  久木弥九蔵(くきやくぞう)」になった。  言ってみれば、「よし、行くぞ⇒吉幾三  (よしいくぞう)」のようなものであり、  他にもいくつか考えた中から、最終的に  当時交際していた彼女に決めてもらった。  すると劇団の歌の先生が私を「やっくん」  と呼び始めた。何でも、「この呼び方が  いい。じゃなきゃ嫌ぁ~」なのだそうだ。  シブがき隊じゃあるまいし、「やっくん」  でも「ふっくん」でも勝手に呼ぶがいい。  頼まなくてもそういう可愛いイメージで  見てもらえると手間がかからなくていい。 ────────────────────  その劇団や、障害者雇用での再就職先で、  他の者を尊重しない、自分を振り返って  反省しない、という多くの人の在り方が、  無意識に他者を傷つけている現実を目の  当たりにして、職場環境の整備や人の心  に寄り添うことの必要性を改めて感じた。 ──
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【そんなことないやろ…】

 人は、危機に直面したり、痛みや葛藤を  感じると、自分を守るための防衛反応が  働く。これを「防衛機制」というのだが、  13の「防衛機制」の中から第2回目の  今日は、「否認」を取り上げて話したい。 ────────────────────  この「否認」とは、「認知はしているが、  それを認めてしまうと不安を引き起こす  ので、認めないようにし、認知を弱体化  する無意識的な心の働き」である。私の  例で言うなら、医師に「双極性感情障害」  の診断を受けていることを「あの医者は  間違っている。私は双極性感情障害では  ない!(これが通常の「否認」)」とは  思わないまでも「自分はそう思わないが、  医師が言うならそうなんだろう」程度に  しか受け止めていない。そのため、通院  以外の場面では一切意識することがない。 ────────────────────  もう一つ、例を挙げると、嘗て私がいた  劇団で、公演終了後、楽屋でアンケート  に書かれたお客様の厳しい意見を読んで、  「そんなことないやろ」と一言のもとに  片づけた看板役者がいたが、これもまた  「否認」の一つ。「お客は間違っている。  我々の芝居にそんな指摘を受けるところ  はない!」と言っているのと同じことだ。   私は、この時、口にこそ出さなかったが、  「こんなことを言っているようではこの  劇団は伸びない」と内心では思っていた。  どの世界でも、お客様の厳しい意見こそ、  成長の糧として欠かせない大切なものだ。  それを「否認」することは成長を妨げる。  「否認」は、かくも恐ろしいものなのだ。 ──
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【何がしたいか考えてる?】

 私は、「相棒」を本放送・再放送ともに  必ず視聴しているが、好きなエピソード  もあれば、嫌いなエピソードも勿論ある。  SEASON12の第5話「エントリー  シート」は、大嫌いなエピソードの一つ。  理由は、殺された被害者(就職活動中の  女子大生)に全く共感ができないからだ。 ────────────────────  被害者は、一流企業(第一志望は「四菱  商事」)に入るため就活塾に通い、講師  の言う「就活において身につけなければ  いけない3つのスキル」である、テスト、  エントリーシート、面接(特に、これが  重要だそうだ)の対策として、一年生の  時から、学生国際フォーラムの立ち上げ、  文化祭の実行委員、企業のインターンや  アルバイト等々、様々な活動に取り組み、  講師のアドバイスに従い、複数の企業に  提出するエントリーシートに、それぞれ  で違った点をアピールし、面接で「学生  生活で何に打ち込み、そこから得たもの  は何か?」という質問に対しても同様の  対応をしていた。その結果、第一志望を   受ける前に、「滑り止めと面接の練習を  兼ねて受けた、入る気のない会社」から  いくつも内定をもらい、その会社が第一  志望でありながら落ちた友達を「入る気  がないなら、最初から受けないで!」と  怒らせている。何と、その友達に彼女は、  「あなたが内定もらえてないのは、この  三年間何も(自分が就活塾に通ってまで  してきた様々な活動等の「就職対策」を)  してこなかったからじゃないの?!」と  侮蔑するような酷い言葉を浴びせるのだ。  また、内定を辞退
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【英雄無用~五人で無敵、ゴレンジャー~】

 私のブログをお読みいただいている皆様、  いつも掲載している色紙の短歌の字には  ある法則があることにお気づきですか?  赤・青・黄・桃・緑、この順番で五色を  毎回ローテーションで使っていることに。  そう、意識しているのは、ゴレンジャー。  今日は頭ほぐしも兼ねて「ゴレンジャー  理論」とやらについてちと考えてみたい。  心理学に特撮の要素が入るとまた面白い。 ────────────────────  吉本新喜劇を毎週観ているが、ここ何年  もの間、「座長になりたいんやっ!」と  ずっと言い続けている一人の座員がいる。  私は彼が座長の器でないとは思わないが、  それ以上にストーリーの狂言回しとして  なくてはならない存在であり、そういう  立ち位置を担えるのは他にないと考える。  彼の役割は、組織の中では絶対に必要だ。 ────────────────────  ここで私が一体何を言いたいかというと、  組織の中には「役割」があり、リーダー  だけでは立ち行かないということである。  これが、「ゴレンジャー理論」の考え方。  吉本新喜劇も座長だけで成り立っている  訳ではない。座長に求められるのは自分  が面白いのは勿論だが、他の座員の力を  引き出し、伸ばすことだ。全ての座員が  持てる力を最大限に発揮してこそ大きな  笑いにつながる。嘗て私が所属していた  劇団の看板役者のように自分一人目立つ  ことだけ考えていては下の者が育たない。  つまり、劇団としての戦力が上がらない。 ────────────────────  私個人の意見を言わせてもらえば、私は、  皆
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【誰にも私は潰せない】

 京都でボランティア(芸術展の場内警備)  した後、浜大津まで足を延ばし、一時間  あまりのつかの間の観光を楽しんできた。  ここ一年半ばかり、カウンセラーとして  立つべく、勉強やら何やらでつい出不精  になりがちだったし、楽しむことに目を  向ける余裕など全くなかったのであるが、  今日は、折角京都まで来たことでもあり、  こんな機会は滅多にないしと思い切った。  明日から、カウンセラーとしての宣伝や  その他で今日までとは違う新たな戦いが  始まることだし、いい気分転換になった。  路面を走る地下鉄も見られたし、大津港  からの琵琶湖の美しい眺めも九年ぶりに  堪能できた(元カノとの初デートで一度  来ている)。湖の駅で店舗限定の信楽焼  のぐい呑みも土産に買えた。同じものが  二つとない(手作りなのだから当たり前)  琵琶湖ブルーの正真正銘の限定品である。 ────────────────────  この限定ぐい呑みを買って帰途、電車の  中でずっと考えていたのだが、そもそも  人間一人一人が、言い方は悪いが、誰も  この世に二人と同じ人はいない存在では  ないか。失礼を承知で言い換えれば人は  皆限定品のようなものではないだろうか。  たかが、と言ってはこれもまた失礼だが、  こんなぐい呑みですら、限定品と聞くと、  私でさえ貴重な価値あるものに感じるし、  大事に使おうという気にもなる。それだ。  不思議なことに、物なら「一つしかない  から」「限定品だから」と大切に扱おう  とする我々人間が、甚だ失礼な言い方に  なるが、究極の限定品とも言うべき人間  の一人一人
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【直木賞作家に褒められた思い出】

 「他者の存在を認知している」、つまり、  「あなたがそこにいることを私は知って  います」、という意味の「ストローク」。  この「ストローク」については、5つの  望ましいとされる建設的な交流があるが、  これを私自身の体験談を交えて紹介する。 ────────────────────  さて今日は、③自分の欲しいストローク  が来たら喜んで受け取る。についての話。  ●作家に自分の演技を「凄いかった」と   褒められて、「ありがとうございます」   と答えた。  肯定的な「言語的ストローク(褒める)」  と言えるだろう。誇らしい思い出である。  何年か前、私は、直木賞作家の難波利三  先生原作の「大阪希望館」という舞台に  出演した。戦争直後の大阪で警察が没収  した米を出させ浮浪児を養っている私設  の孤児院「大阪希望館」の物語で、私が  演じたのは辻岡という新聞記者。原作に  登場しないこの男、館長のやることなす  ことに何かと言っては疑惑の目を向けて、  度々やって来てはネチネチと嫌味を言う、  という演者の実像とはかけ離れた人物だ。  ミュージカル仕立て故にソロで一曲唄う  場面もあるので、出番が短い割には難役  であったが、当時の本職における自分を  反映させてどうにか無事に演じおおせた。  その公演終了後、小道具を片付けるため  会場の外に出ていた私に、一人の年配の  紳士が「あんた、うまかったなあ。感心  したわ」とお言葉を掛けていかれたのだ。  その時は、思いがけないお言葉に、ただ、  「ありがとうございます」としか返事が  出来なかったのだが、後で聞いて驚
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【いつもやってます】

 「他者の存在を認知している」、つまり、  「あなたがそこにいることを私は知って  います」、という意味の「ストローク」。  この「ストローク」については、5つの  望ましいとされる建設的な交流があるが、  これを私自身の体験談を交えて紹介する。 ────────────────────  さて今日は、②自分の欲しいストローク  があれば素直に欲しいと伝える。である。  ●劇団の公演があるので、親や友人達に   「観に来てくださいね」と声をかけた。  この「観に来てください」は、肯定的な  「言語的ストローク(応援する)」の他、  客席から応援の眼差しを送ったり公演を  真剣に観る、という肯定的な「非言語的  ストローク」(表情・動作)への欲求だ。  演劇に限らず、常日頃自分が取り組んで  いることの成果を発表する機会があれば、  より多くの人に見てもらい、できるなら  高評価を得たいと思うのは当然であろう。  このストロークは勿論ほしい。こうして  素直に欲しいと伝えられればいいのだが、  「6つの気づき」でも、「自分の考えや  気持ちは正確に伝える」などと言っては  いても、実際には、意地だの照れだのが  あったり、相手によっては言い難いこと  もあり得るので、思うようにはいかない。 ────────────────────  私自身は、はっきり言って自身の活動の  宣伝の仕方は下手だし、そういうことは  苦手だ。早い話が、このブログにしても、  集客力はないし、「カウンセラーとして  の自分を知ってほしい」という「自分の  欲しいストロークがあれば素直に欲しい  と伝える
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【あたしゃ一体どうすりゃいいの?】

 他人から見た自分に対する評価を「他己  評価」と称するが、単一ではなく複数の  他人からの評価となると「多面評価」と  呼び名が変わり、様々な視点により更に  客観性や正確性の高い評価を行う可能性  が高くなることがメリットだと言われる。 ────────────────────  確かに、データが多ければ多いほどより  正確に評価や絞りだしができるだろうし、  評価される側にとっても、自身の改善点  を考えたり、気づきを促す助けになろう。  だが、その反面、評価者の人数が多いと  集計が大変な上、評価される側にとって、  複数の評価の中からどれを選択すべきか、  という問題が発生するという難点がある。  AさんとBさんから「あなたはこうする  べき」と言われた内容が真逆であったら、  誰でも、「どっちなの?」と迷うだろう。 ────────────────────  某劇団の役者時代、こんなことがあった。  公演中、共演者が台詞を忘れたので私が  自分の台詞に「お前は~と言いたいのか」  と自然な形でその台詞を付け足してその  場を凌いだのだが、それが座長には気に  入らなかったというのだ。どうして気に  入らなかったのかという理由は忘れたが、  はっきりと覚えているのは、「○○さん  (劇団の看板役者)は、あれがいいんだ  と言ってたけど、私はダメだと思う」と  言われ、自分の評価だけを強調するなと  座長にマイナス感情を抱いたことである。 ────────────────────  昨年のM1グランプリでも、オズワルド  に対して、松本人志は「『静の漫才』を  期待して
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