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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良いところを知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その12

今回は市立公園の中でも荒川のそばにある、その地形を生かした公園の数々を紹介します。埼玉県の荒川流域の特徴は、元海だった影響で内陸にもかかわらず、非常に低い。という特徴があります。そのため荒川がほぼ天井川状態なのです。実際、私が住んでいたところはたったの標高15mしかありませんでした。そのため非常に湿度が高く虫がわきやすい。という特徴がありました。中にはたったの1mしかないという地域さえあります。現在私が住んでいる東京都府中市が平均42mなので、驚異的な標高の低さというのがわかると思います。そのため埼玉県には農業用水のための水路のほかに、排水のための用水路も存在します。そんなわけで、埼玉県の平野部には第一回目で紹介したような、川が残していった池や、元々そこに広がっていた湿地帯を生かした公園も多く存在します。大宮花の丘農林公苑埼玉県は江戸時代から園芸品種の生産が盛んだった川口の安行や。関東大震災後、谷根千の植木屋が移住して作り上げた盆栽町がある影響か、植物に関わる公園も多くみられます。ここはすぐ横に上尾道路の通る、さいたま市と上尾市にまたがる大きな公園。その広い敷地内を存分に利用したお花畑と林。跳ね橋と石橋と池に映る空が特徴的なこの公園は。なんと1974年(昭和49年)から1981年(昭和56年)まで大宮市の一般産業廃棄物最終処分場として使用された場所。ここらへんは一帯が湿地帯のため、荒川の近くはゴミ捨て場として使用されることが多かったのです。東日本大震災の福島第一原発事故で、埼玉県の平野部荒川沿いがホットスポットになったのは、実はこの影響で、産廃処理場になっていたせいで、実は一概
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シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その11

「浦和でわらう」私が埼玉県にいた小学生の頃の思い出といったら、当時はまだ合併前だったので多くの人が都会と考えている大宮市よりも浦和市である。今回の市立公園の話は、そんな浦和限定のお話。中学からの八王子で、クラスメートたちが「大宮は都会でしょう」という話をしてきて「いやいや、大宮より八王子の方が都会。大宮より浦和の方が都会だよ」と、よく返したものだった。浦和といえば俳優の反町隆史の出身地で有名だが、彼の出身地は現在の南区なので、浦和の中でも川口寄りになるが。(ちなみに私は『相棒』の神戸尊の大ファンだが、冠城亘はわざとらしくて嫌い)中浦和周辺は高級住宅街で、後に登場するが、ホテルが整備された市立公園がある。浦和駅周辺は奈良時代には律令制の政庁がおかれ、旗本領だった影響で周囲とは一線を画す品の良い場所。(なのに浦和レッズのサポーターは柄が悪いので有名・・・。)更にはここには関東大震災後、震災の被害が少なくかつ東京から20km圏内と交通の便の良い場所のため東京や横浜方面からの移住者が増加。つまり浦和と谷中・根津・千駄木界隈の焼け出された植木屋が作った氷川神社の北にある盆栽町は、東京の人間が作った街である。そのためか当時は埼玉の人間からは毛嫌いされることが多く、日曜日の特別編成となると高崎線も浦和を通過していたほどなのだ。そんな埼玉県民が毛嫌いしていた浦和のデパートに、元長野県民の両親はよく買い物に行っていたのだが。昔の浦和駅は現在の形になる前は通過車両用の高架線路があり、それがまるでお城か要塞の柱のようでなんとも特別感を醸していた。日本語版ウィキペディアより税理士会より昔の浦和駅ってこ
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