シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その11

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コラム
「浦和でわらう」

私が埼玉県にいた小学生の頃の思い出といったら、当時はまだ合併前だったので多くの人が都会と考えている大宮市よりも浦和市である。
今回の市立公園の話は、そんな浦和限定のお話。

中学からの八王子で、クラスメートたちが「大宮は都会でしょう」という話をしてきて「いやいや、大宮より八王子の方が都会。大宮より浦和の方が都会だよ」と、よく返したものだった。

浦和といえば俳優の反町隆史の出身地で有名だが、彼の出身地は現在の南区なので、浦和の中でも川口寄りになるが。(ちなみに私は『相棒』の神戸尊の大ファンだが、冠城亘はわざとらしくて嫌い)
中浦和周辺は高級住宅街で、後に登場するが、ホテルが整備された市立公園がある。
浦和駅前.PNG

浦和駅周辺は奈良時代には律令制の政庁がおかれ、旗本領だった影響で周囲とは一線を画す品の良い場所。(なのに浦和レッズのサポーターは柄が悪いので有名・・・。)
更にはここには関東大震災後、震災の被害が少なくかつ東京から20km圏内と交通の便の良い場所のため東京や横浜方面からの移住者が増加。
つまり浦和と谷中・根津・千駄木界隈の焼け出された植木屋が作った氷川神社の北にある盆栽町は、東京の人間が作った街である。

そのためか当時は埼玉の人間からは毛嫌いされることが多く、日曜日の特別編成となると高崎線も浦和を通過していたほどなのだ。
そんな埼玉県民が毛嫌いしていた浦和のデパートに、元長野県民の両親はよく買い物に行っていたのだが。
昔の浦和駅は現在の形になる前は通過車両用の高架線路があり、それがまるでお城か要塞の柱のようでなんとも特別感を醸していた。
JNR_165_series_passing_Urawa_Station_at_2003.jpg
日本語版ウィキペディアより
昔の浦和駅.PNG
税理士会より
昔の浦和駅ってこのとおり、かなりスタイリッシュな駅舎だったんですよ。
綺麗にすれば今の上野駅に通じるデザイン。
昔の浦和駅-2.PNG
さいたま市役所より昭和58年の浦和駅前。
この駅舎のまま高架化できなかったのかな・・・。

そんな当時の面影を残すのが、西口より少し北口にいったところにある「常盤公園」という場所だ。
徳川家康が鷹狩りの際に宿泊する浦和御殿の跡であり、明治26年には旧浦和地方裁判所が建っていた。
このレンガの塀はその当時からのものであり、実にいい感じの時代の付き方である。
浦和常盤公園-2.PNG
浦和常盤公園-3.PNG
浦和常盤公園-5.PNG
しかし、途中からレンガが新しくなっているところもあり、この部分は区画を変えたのだろうか?
浦和常盤公園-4.PNG
とはいえ、埼玉県にはなかなかない雰囲気の公園である。
浦和常盤公園.PNG
門の前のポストが可愛らしい。
そんなわけで周囲もこの雰囲気に似合うよう景観に配慮しており、この周辺は埼玉とは思えない風景が広がる。
まさに高級住宅街の雰囲気。

狛犬ではなく狛兎な事で有名になった「調(つき)神社」も、浦和駅のすぐ南にある。
調神社.PNG
県庁に裁判所に、前川國男設計の埼玉県立博物館と同じくレンガ造りのコンサートホールが、一か所に集まっているところからも。
埼玉会館.PNG
ここが特別な場所であった事が窺い知れると思う。

そして浦和駅西口をまっすぐ行ったところに、「別所沼公園」という浦和を代表する公園があるのだが。
別所沼公園.PNG
別所沼公園-7.PNG
なんとこの池は湧水が湧き出してできた元々自然に存在した池だそうで。
1926年に東京深川の任侠者が、私費を投じて昭和園という遊観地を作ったのがはじまりだそう。
1951年には、荒れ果てていた昭和園を浦和市が買い取り、公園へと整備。
しかし1956年には管轄が埼玉県にわたり、南側に埼玉県立美術館(現在の埼玉県立近代美術館の事実上の前身)を建設したが、手狭だったため1966年に埼玉会館にその役割を移し。1982年に埼玉県立近代美術館が出来たことで建物は解体。
2001年に合併によるさいたま市の設置を記念して、公園の管理権が埼玉県から浦和市に移管され、さいたま市にそのまま移管されて現在に至る。

かなり激動の変遷をたどっている公園なのだ。
別所沼公園-2.PNG
別所沼公園-3.PNG
奥に見える弁天様は「昭和園」の頃から存在し、深川の洲崎神社より弁財天を分祀した由緒正しいもの。
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この風景が「浦和画家」と呼ばれる、須田剋太や瑛九といった有名画家を多く輩出したというと感慨深い。
やはりここも、関東大震災で焼け出された東京の人間が作った風景といえる。
別所沼公園-10.PNG
私もそうだが、埼玉の平野部の風景は心象風景に響くのだろう。

そのうえこの公園の特徴は、市立公園にもかかわらず。なんと公園の中に「別所沼会館」というホテルがあるのだ。
別所沼公園-5.PNG
別所沼公園-6.PNG
公園の近くに会議室や宴会のできる会館のある場所は多いが、宿泊施設が市立公園の中にある。という場所はそうそう無いのではないだろうか。
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別所沼公園-11.PNG
昭和レトロな感じが素晴らしい🥰
別所沼公園-13.PNG
コバトンも自慢である。
昔から何故かお金持ちのお屋敷のイメージはこういうイメージがあるのだが、ここだったか。と、腑に落ちた。
もしかして記憶もあいまいな頃に来た事があるのかもしれない。

別所沼公園-14.PNG
別所沼公園-15.PNG
別所沼公園-16.PNG
しかも別所沼公園から南に延びる住宅街の中のこうした緑道(暗渠?)も、都内では珍しくないが埼玉では珍しいため、やはりここは東京の人間が作った街なのだな。と、思う。
そんなわけで浦和近辺では博物館も多いのだが(ここらへんもやはり東京的ではある)これは県立もあるので後ほど語ろうと思う。

さて市立、町立公園をピックアップして語ろうと思ったのは、前回の「まつぶしの丘公園」があまりにも美しかったから、というのもあるが。
武蔵野線沿いにあるこの公園がすごいというのもある。
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検索しても特に言及されていないのだが。
東浦和駅のそばにある井沼方も天領だったそうで、これは誰かのお屋敷か庭園だったのでは?と、思ってしまうのだが。
井沼方公園-6.PNG
井沼方公園-4.PNG
井沼方公園-5.PNG
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ここは六義園か?!!
と、マジで思った。
どの公園にもしれっと普通に調整池に八つ橋があるのが凄すぎる・・・。
井沼方公園.PNG
井沼方公園-2.PNG
井沼方公園-3.PNG
しかもお堀みたいだけど、せせらぎ遊歩道という。暗渠の上を取り払われた川がこれらしい。
井沼方公園-9.PNG
井沼方公園-10.PNG
川はこれより少し北にある小学校からスタートしている模様。
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しかし、井沼方に方形周溝墓という遺跡もあるそうなので、そのことが検索しても全く言及されていないのは何とも。
おそらくこの公園はその遺跡址なのだと思うが。
そのせいか、最近では八つ橋が朽ちているとか、全く整備されていない。という話も・・・。
まあ、埼玉らしいっちゃあ埼玉らしいです。
井沼方公園-13.PNG
井沼方公園-14.PNG
この築山も何か意味ありげですが、本当に築山なんだろうか??

ついでに、別所沼公園に生えている背の高い木はメタセコイアではなく。
別所沼公園-17.PNG
ラクウショウ(ヌマスギ)という、もじどおり冠水した水の中でも育つヒノキ科の植物で、メタセコイアやカラマツのように冬には葉を落とし、根元から呼吸根という根を出します。
Bad_Kreuznach,_Sumpfzypresse_im_Schlosspark,_Atemkniee.jpg
都内では水元公園と新宿御苑と石神井公園、小石川植物園で見られます。
ボール型の実には油が多く含まれており、熟して落ちた実は油が手についてしまいますので、ご注意を。

そんなわけで、次回も「歴史と絶景過ぎる市立、町立公園」を紹介していきたいと思います。

このシリーズは「#埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。」でまとめています。
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