シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その10

シリーズ:埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。その10

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コラム
さて、多くのシリーズものを書いている人は。
「なんとこのシリーズも10回を迎えました」というのでしょうけれど。
いやいや、このシリーズは最低でも30回は行きますので、これから何が出てくるのかお楽しみに。

そういえば、埼玉のヒーローといえば。
1988年の「さいたま博」のマスコット、さいたーマンですが。
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最強のさいたーマンがいるのを忘れていました。
ワンパンマンことハゲマント「サイタマ」。
しかし、現実の埼玉にはワンパンで強敵を倒すサイタマはいません。
昨今なにかと騒がれている埼玉ですが、それもこれも物凄く長い間、肝心の埼玉県民が自分たちが住んでいる土地を、愛さなかったツケが回ってきている訳ですが。
しかし、まだ手遅れではない。

八王子市高尾に引っ越す際に、東京だから。といって排気ガスとスモッグに覆われた絵を送られた経験があるように、雀の涙程度のプライドはあるはずだから。
私が東京を愛してやまないように、都民が嫌らしく埼玉の良いところを語りまくっているわけですが。

今回は埼玉の市立、町立公園(平野部限定)の話。
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埼玉の公園といったら。
用水路と貯水池が多いので、それを利用したとしても、こういうだいたいまっ平らで真ん中にでかい池があって、その周りを木が囲んでいる、マンガのような公園なのですが。

公園の中に富士山型の山がそびえるこの公園のような。こうした個性的な市営、町営、村営公園も存在します。
吉川市 永田公園
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こちらは吉川市にある通称「きよみ富士、吉川富士」と呼ばれている永田公園の築山です。
しっかり子抱富士も再現している再現度の高さ。
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今回は以前紹介した大崎公園のような、個性的な素敵な公園(平地限定)を紹介します。
そういう場所は多いので、何回かに分かれますが。
まずは元々は沼地だった。という地形を生かし、圧巻の風景の公園を作り上げている松伏町の公園。
松伏総合公園
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ストリートビューで見つけて、思わず声をあげてしまった公園。
治水のための調整池として整備されている公園のため、水位が上がり周囲が冠水することもあるそうですが、その時には森が水に覆われる幻想的な風景が見られるとか。
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道路からも、ちょうど紅葉の時期の写真なので、まさに圧巻の風景。
調整池のため放水する水路が直結しており、そこからも池を眺めることができます。
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池と木々のバランスが素晴らしい公園です。
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橋は遊歩道で、ところどころ池の上を渡れるようになっていますね。
ただ、この池はバス釣りが有名だそうで、釣り客が多いようです。

松伏町 まつぶし緑の丘公園
こちらも調整池の周辺にできた公園。
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里山といわれる小高い丘の上に展望台がありますが。
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その下にできた調整池が木道が遊歩道になっています。
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そしてこちらの池では葦原の大きな池のほかに、トンボ池があり、そちらも木道が遊歩道になっています。
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3万人弱しかいない自治体が、こんな美しい公園を作れるのですから、他の自治体にも埼玉特有の真っ平公園ではなく、美しい公園は随所に存在します。

特にさきたま古墳群があるように、埼玉の平野部は元々は入江だったため、その周辺には古代の住居跡が多く存在し、それをそのまま公園にしている場所は多いのです。

春日井市 内牧公園
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1992年に大規模な古代の住居跡が見つかり、それを保存するためのできた公園で、そのおしゃれな感じから、当時の国土省賞の手づくり郷土賞も受賞している公園。
しかし。肝心の竪穴式住居の実物大模型が、内部構造の再現のみになっていて、遊牧民の住居風になっているのがなんとも・・・。
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国土交通省の賞を受賞なだけあり、良い公園なんですけどね。
せっかくの大規模な遺跡なのだから、もっと再現してほしかった。という声もレビューにあります。

この公園は、吉野ケ里遺跡を発見した人文地理学者 三友国五郎はここで研究活動をしたそうで。
明治神宮の森を作った、見沼出身の本多静六が整備した大宮公園といい、実は埼玉には多くの偉人が関わっているものが多いのです。
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でも自信が無いのでこういう事しちゃうんでしょうね・・・。
林の中にこんもりしているもの。
古墳?!
かと思ったら、ただの古墳風の築山でした・・・。
埼玉県にはただでさえ古墳が多いので、いちいち偽物の古墳なんて作る必要なんてないんですよね。
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内牧公園の少し離れたところには鉄塔がたくさん見える、内牧黒沼公園という畑があり、夏には蓮の花が一面に咲く蓮畑が広がります。
将来はここ一体で農地を保存する目的がある模様。

さて、私が住んでいたところもそうでしたが、なぜか古代遺跡を恥ずかしいと思う現象があります。
竪穴式住居=貧乏人の家という変なイメージがあり、古代遺跡が存在することを恥ずかしいと思う傾向があります。

富士見市 水子貝塚公園
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「大規模な環状の貝塚と集落跡があり、これを再現する形で全体が整備された歴史公園で、「縄文ふれあい広場 水子貝塚公園」として1994年(平成6年)に開園した。園内には地表に白い陶片を用いて貝塚の規模や分布がわかるように表示されており、中央に大きな芝生広場を設け、5棟の竪穴建物が復元されている。一部は内部が公開されており、そこに縄文人の生活の様子が展示されている。(Wikipediaより)」

このように近年になり公園が整備されたように、ようやくその傾向はなくなってきたようですが。
遺跡がたくさんあるのに目立たないように復元したりするのは、もったいないですね。
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もっと大々的にアピールしてもいいのに。
と、思いますが。
富士見市にあったこちらの城は現在、行田市の忍城と並び徐々に有名になっているようです。

富士見市 難波田城(なんばたじょう)公園
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「1928年(昭和3年)に埼玉県史跡に指定され、1961年(昭和36年)に埼玉県旧跡に指定変更された。公園として整備されるまでは、石碑だけが建つ小さな空き地、のような雰囲気のままであった。

2000年(平成12年)6月1日に公園として開園した。園内は、東側に難波田城の堀や橋などを復元した城跡ゾーンと、西側に富士見市内に建っていた古民家2軒と長屋門(いずれも富士見市指定有形文化財)を移築した古民家ゾーンにわかれており、その中央に難波田城資料館がある。この資料館は難波田氏や難波田城についてだけでなく、富士見市の近現代の歴史についても扱っており、鶴瀬団地の模型なども展示されている。(Wikipediaより)」

現在埼玉の城の中でもっとも有名な忍城は、公園ができたのが1988年(公園そのものは1946年に市民球場として)。
廃藩置県で取り壊されるまで城が存在し、豊臣秀吉と戦った城として有名な城でありながら、これまた埼玉県らしく『のぼうの城』がヒットするまで扱いが雑でしたが。
難波田城公園はそれよりも新しいこともあり、武家屋敷も再現する本格派。
マイナーであるのが非常にもったいない公園ですが。
埼玉県民の意識が少しづつ変わってきているのがよく分かりますね。

さて、そんな出来てまだ40年も経っていない。
という歴史公園が埼玉には多い中。こちらは完成が昭和38年(1963年)という城址公園の中では古参の部類。

さいたま市 岩槻城址公園
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こちらは元荒川の回でも紹介しましたね。
赤い八つ橋が印象的な公園です。
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『岩槻城址公園』の文字も立派。入り口からも、はっきりと赤い八つ橋が目立ちます。
とはいえ、こちらは保存された後にこちらに移築されたものが多く、再現された建物はありません。
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八つ橋はあくまで景観として設置、建物は取り壊される際に人の手に渡り、保存された当時からのものを大切にしているわけですね。
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とはいえ、衛星写真で見るとこの通り。
城のあった当時の面影がはっきりと残っています。
そのため地上から見ても。
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そこに城があった。という面影ははっきりと残っていますね。
中には土塁やお堀の跡、曲輪跡などが残っていて、歴史ファン垂涎の名城址がこちらなのです。

そんなわけで、次回も引き続き「歴史と絶景過ぎる市立、町立の公園」を紹介していきたいと思います。

このシリーズは「#埼玉県民は埼玉の良い部分を知らなすぎるので、都民がその魅力を語る。」でまとめています。
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