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AIの時代に占いに頼るということ

私は占い師です。分野だとスピリチュアルメッセンジャーです。私はあまり占いを当てるつもりは無く、たとえば「明日、死にますよあなた」というメッセージが出てきても、明後日に何が起きるかを占いたい。わかりきったことの確証を得るためのツールというのは、昨今のAIだけでなく、過去の証言をまとめた「書籍」もっと前は過去の教訓・伝承を伝える「物語」で先人がその材料を遺してくれている。あくまで占いの観点であるが、私のように守護霊様のメッセージを聞いてそれをお客様にお伝えするスタイルだと、何度も転生して百戦錬磨の守護霊様がお客様の人生を俯瞰的・正確に捉えていて、その上で、その情景は伝えずメッセージだけを「これをこの人(お客様)に言ってくれ」とお伝え頂くので、明日死ぬと解っているお客様が、砂時計ひとつぶでも生きられる可能性があれば、明後日の天気の話がメッセージで降りてくる。そして、明日死ぬと確定しても、それを伝えた方が良いならば、守護霊様は明後日の話をする。古畑任三郎というドラマで「たとえ明日死ぬと解っていても、やり直してはいけないと誰が決めたんですか」という名台詞がある。本当にその通りで、明日死ぬと解っていても、人は、「善く生きる」べきだ。自暴自棄にならず、紙一枚の希望でも掴んでおかねば、乱暴に自己を扱っているに等しい。人生、明日、何が起きるかわからない というのは希望である。人生が思い通りにならないのも希望である。正確な未来など絶望でしか無い。ふと投げかけられた誠実で、でも不正確な言葉の強さを感じる日々です。AIの技術は素晴らしく、より他者の心の拠り所になる存在として機能することを願う。ただ、A
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占い師になるまでの道のり(前編)

╰(*´︶`*)╯ カニマヨ ウラナイシ ニ ナルマデ ╰(*´︶`*)╯今日は、占い師になるまでの不思議ないきさつをお話しようと思います。占い師になる前は、金融関係の講師をしてました。長くなるから省くけど、色々あって職を辞めてからしばらくの間・・ちょっと気持ちも鬱々としていて、その瞬間までは、世界は白黒写真みたいなグレーな世界だったんです。2022年の、春分の日。ふと目を上げると、突然、世界はびっくりするくらい色鮮やかな「春」でした。明るい水色の空に、満開の桜が目いっぱいに飛び込んできて、私の中の「なにか」が目覚めたのを、全身でハッキリと感じました。ふぁぁぁ〜〜!って、ものすごくビックリしたのを、今でも覚えています。でもこの時はまだ、何が起きたのか、全くわかっていませんでした。わからないまま、それからなぜか急に神社に行きまくるようになり、相当な回数通った、夏のある暑い日。参拝中の近所の神社で私、なぜか号泣。えっ?どうした自分?ってビックリしつつ、慌てて自宅に帰ります。家に着いても2時間くらい、滝のように大量に涙が流れて、おおおーぅ、ゴゴゴーゥと、嗚咽しながら泣く私(笑)自分でも、なんで泣いてるか全く不明で。なんか、泣くっていうよりも…トイレの水をジャーって流したみたいに、体が自動で浄化してるっていうか。なんていうんだろう…オシッコとか生理とかの排泄にも近いのかな?あくびとか、クシャミみたいな、放出する気持ちよさもあって。全然悲しいとかじゃなくて、むしろ嬉しい。不思議と「懐かしい」気持ち。春分の日の「世界の春」体験と同じで、ふぁぁぁ〜〜!って感動してる。とにかく、体の蓋が勝
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