絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのブログから「#慶應義塾大学法学部小論文個別指導塾」タグの検索結果

2 件中 1 - 2 件表示
カバー画像

「「膜」と「核」の概念がもたらす現代政治上の弊害と情報技術による解決」慶應義塾大学法学部2023年

(1)問題【問題】次の文章は,鈴木健『なめらかな社会とその敵』からの抜粋である。この文章の内容を「膜」と「核」という概念を用いて四〇〇字程度で要約せよ。また,その上で,「膜」と「核」がもたらす現代政治上の弊害を新しい情報技術によって克服しようとする場合,どのような解決策があり得るかを,その限界も含めて,述べよ。①   複雑な世界を複雑なまま受け入れることは,あまりにも難しい。それは人間には認知限界があるからである。②   もし人間がありとあらゆる膨大な情報を無制限に処理できるのであれば,複雑な世界を複雑なまま扱うことができるかもしれない。だが,脳という有限のリソースを使っている以上,認知能力には限界がある。複雑なままでは理解できず,理解できないと対応もできない。理解して対応して胸をなでおろすためには,世界を単純なものとしてみなすのは避けようがない。意識とはそもそもそうした目的のための装置であり,そうやって認知コストを下げているのである。③   責任を誰かに帰すること,すなわち帰責性も同じ理由から要請されている。たとえば交通事故が起きたときに,その原因を遡っていけば,道路の設計の問題なのかもしれないし,運転手の問題かもしれない。運転手が意識をそらす理由が歩行者にあったかもしれない。その歩行者がそこにいた理由も別にあるだろう。複雑な世界を複雑なままとらえようとすると,責任を一カ所に押し付けることなど到底不可能になってしまう。それでも社会をまわすために,事故を防止するために,誰かに責任を押し付ける必要性が生じてしまう。④   ある個人が責任を引き受けようとしたり,あるいは人に責任をと
0
カバー画像

「革命における少数者への抑圧」慶應義塾大学法学部2024年

(1)問題以下に掲げるのは,ある政治思想史家が書いた架空の鼎談の一部である。フランス革命をめぐり,一七九〇年のある日,エドマンド·バーク,トマス·ペイン,およびメアリ·ウルストンクラフトの三人が語り合っている。よく知られているように,バークのフランス革命に対する態度は,鋭く批判的であった。一方,ペインはこの革命に対して強い共感を抱いていた。フェミニズム思想の先駆者として知られるウルストンクラフトもまた,ペインと同様の立場に立っていた。もしこの議論にあなたが加わっていると仮定して,ⅠおよびⅡの箇所においていかなる発言をするか,それぞれ五〇〇字以内で述べなさい。Ⅰにおいては,革命が正常な政治の一部分であるとするペインの見解に与しても,それに反対してもかまわない。ただし,Ⅱにおいては,Ⅰで述べたのと同じ立場に立って,民主主義においては国民の多数派が最も残虐な抑圧を少数派に対して加えうる,というバークの見解に賛同するかあるいは反論を加えなさい。①   ペイン:旧体制はあまりに腐敗しすぎて改革が不可能であったがゆえにこそ,破壊されねばならなかったのです。―中略―②   ウルストンクラフト:イギリス革命もフランス革命も同じひとつの至上目的を持っています。それは自由です。もしバークさん,あなたがこの点を否認するならば,それは故意に歴史に目をつぶることです。③   バーク:あなたがそう主張されるならば,お嬢さん,あなたは理性に対して目を閉ざしておられる。もしもわれわれが自由を目的とするというのならば,われわれはそれがどんな種類の自由であるかを問題にせねばりません。私はすべての種類の自由が祝福さ
0
2 件中 1 - 2