(1)問題
以下に掲げるのは,ある政治思想史家が書いた架空の鼎談の一部である。フランス革命をめぐり,一七九〇年のある日,エドマンド·バーク,トマス·ペイン,およびメアリ·ウルストンクラフトの三人が語り合っている。よく知られているように,バークのフランス革命に対する態度は,鋭く批判的であった。一方,ペインはこの革命に対して強い共感を抱いていた。フェミニズム思想の先駆者として知られるウルストンクラフトもまた,ペインと同様の立場に立っていた。もしこの議論にあなたが加わっていると仮定して,ⅠおよびⅡの箇所においていかなる発言をするか,それぞれ五〇〇字以内で述べなさい。Ⅰにおいては,革命が正常な政治の一部分であるとするペインの見解に与しても,それに反対してもかまわない。ただし,Ⅱにおいては,Ⅰで述べたのと同じ立場に立って,民主主義においては国民の多数派が最も残虐な抑圧を少数派に対して加えうる,というバークの見解に賛同するかあるいは反論を加えなさい。
① ペイン:旧体制はあまりに腐敗しすぎて改革が不可能であったがゆえにこそ,破壊されねばならなかったのです。
―中略―
② ウルストンクラフト:イギリス革命もフランス革命も同じひとつの至上目的を持っています。それは自由です。もしバークさん,あなたがこの点を否認するならば,それは故意に歴史に目をつぶることです。
③ バーク:あなたがそう主張されるならば,お嬢さん,あなたは理性に対して目を閉ざしておられる。もしもわれわれが自由を目的とするというのならば,われわれはそれがどんな種類の自由であるかを問題にせねばりません。私はすべての種類の自由が祝福されるべきだと信じることはできません。独房から脱走した狂人に,彼が明るい自由な天地を得たことを真面目に祝福することが私にできるでしょうか?牢獄を破って脱走した殺人犯に,彼の自然権の回復を祝福せよと私に言われるのですか?
④ ウルストンクラフト:バークさん,あなたは現在下院で演説しているのではないのですよ。本来,普通には理性的とは言えない少数の例外的人間の束縛の問題を修辞学的に提出されても,それは人間の自由に関するわれわれの問題の理解を広めることにはなりません。
⑤ バーク:しかしお嬢さん,むしろあなたのほうで先に抽象的に自由の問題を取り上げて,われわれが現に直面する特定の自由の状態の具体的知識を抜きにして,それをわれわれは愛せねばならぬと説かれたのですよ。私は,あなた一人がそうだと言っているのではなく,フランス革命の理論家や弁護者すべてを指して言っているのです。私もフランスにおけるどんな紳士にも劣らず,雄々しい道徳的な統制ある自由を愛する人間だと公言してはばかりません。おそらく公人としての自分の全生活を通じて,私はこの種の自由への愛をある程度立証してきたつもりです。しかし私は,一切の具体的関係をはぎ取られてまったく孤立した状態にある形而上学的観念に属する対象に関しては,これを取り出して称賛もしくは非難したりすることができません。
⑥ ペイン:それならば自由というものは一般に善であるという事実を,あなたは認めないのですね?
⑦ バーク:一般的に言うならば––こういう言い方が何らかの意味をもちうる範囲内で––私は自由が善であることを認めます。同時に,統治もまた一般的に言って善なるものです。しかしそうは言っても,もちろんぺインさん,あなたは私が統治のすべての現実の形態を善なるものと確信しているなどとは本気で考えたりしないでしょう。それと同じように,一切の自由の現実形式がすべて善いというように,あなたが私に信じ込ませることはできません。私はある人間が何か幸福をつかんだことを祝福する前に,まずその人が本当にそのような幸福を手に入れたのかどうか,ある程度まで確信を得なければなりません。だから私としては,フランスにおける新しい自由について祝福を述べることを当分差し控えて,いったいその自由が統治と,公共的権力と,軍隊内の規律や服従と,効果的な歳入と,道徳ないし宗教と,社会的安定および所有権と,平和および秩序や公序良俗と,どのように結合しているかについて知っていなければならないでしょう。これらはみなそれぞれ結構なものばかりです。それゆえ,これらを抜きにした自由なるものは,たとえその自由が続いている間も大した恩恵を生み出すはずがなく,いやそれはしょせん最初から長続きする基盤を持たないのです。
⑧ ウルストンクラフト:フランス人が自由を口にするとき,それは決して冷たい思弁的抽象物を意味するものではありません。彼らが求める自由とは,各個人が社会契約によって結合しているすべての他人の自由と両立しうる限りでの,一定の社会的·宗教的な自由にほかなりません。
⑨ バーク:ああ,ウルストンクラフトさん,それではすでにあなたは,あなたが言われる自由なるものにさまざまな限定を,いやきわめて大幅な限定を設けておられる。社会における他人の欲望によって制限される自由なるものは,絶対的で譲るべからざる自由とは大違いのものです。
⑩ ペイン:人間には絶対的で譲るべからざる自由の権利があるなどとウルストンクラフトさんが言っているわけではありませんし,フランス革命に味方する人でそんなことを言った人はいないと私は信じます。彼らが主張したことは,ロックが言ったこととまったく同様に,人間には自由を要求する絶対的で譲るべからざる権利があり,しかしてその場合の自由なるものは状況に応じて他人の権利によって限定される,ということです。国民議会に人権宣言が上程されたとき,議員のなかには,もし人権宣言が公布されるならば,同時に人間の義務宣言なるものも公布されてしかるべきだと言った人々もありました。しかし十分に物事を考察した人々にとうては,人権宣言はそれ自体で同時に人間義務の宣言だという事実が容易に洞察されるでしょう。私の権利に属するものは同時にとりもなおさず他の人々の権利でもあるわけですから,自己一個の権利を享受するばかりでなく,万人の権利を広く保障し擁護することが私の義務となるのです。
⑪ ウルストンクラフト:その通りです。われわれがフランス革命の道徳的高貴さを認めうるのは,他ならぬこの種の理由によってなのです。
⑫ バーク:お嬢さん,道徳的高貴さですって!あなたはフランス革命を引き起こして,さらにそれを維持するために,あらゆる種類の圧政と残虐が行われたことを,つまり詐欺,ペテン,暴力,強奪,放火,殺人,没収,紙幣の強制流通等々の事実を知ったうえで,なお「道徳的高貴さ」と言われるのですか?
⑬ ウルストンクラフト:もしフランスで暴力が振るわれたとすれば,それは特権階級が自らの特権を放棄することを拒否したためなのです。
⑭ ペイン:バークさん,私には今になってあなたがフランス革命を憎む理由がわかりました。もしもそれが悪名高い圧政を破壊することに限定されていたら,おそらくあなたは沈黙を守ったでしょう。それがもっと先へ進んだからこそ,あなたは驚愕したのです。ただそれは,あなたの考えにとって先に進みすぎたというにすぎません。フランス革命は社会的腐敗と正面から取り組み,悪に報いるに徳をもってしました。それは位階制度と特権という古い社会秩序に代わるに,社会正義と友情と自由と平等の新しい考えをもってしたのです。
⑮ バーク:ペインさん,確かにフランスに起こったさまざまな革命には,礼節の革命までが含まれているに違いありません。一七八九年十月六日の朝のこと,フランス国王と王妃は混乱と驚愕と不安と流血の一日が過ぎた後に––身辺の安全の公式な保障のもとに床につきました。王妃が最初に護衛兵の悲鳴で眠りから覚めたのですが,この護衛兵士はたちまち打ち倒されました。血に渴いた残虐な無法者と殺人者の一団が王妃の部屋に闖入しました。彼女とその夫とその子供たる嬰児たちは,この世で最も壮麗なこの宮殿(今では殺人の血で汚された)を後にして,最も下賤な女どもが発するぞっとするような叫び声と気違いじみた踊りのなかを捕虜として十二マイルの道のりを引っ張りまわされて,今では王族にとってのバスチーュとなり変わったパリで最も古い宮殿のひとつに押し込められました。歴史はこの事実を記録にとどめるでしょう。
―中略―
⑯ ウルストンクラフト:バークさん,あなたは人間の営みにおいてはある程度の悪が必ずや不可欠であると言われましたが,それなのにあなたは何故にフランスで実現されたさまざまな善のなかに偶然生じたにすぎぬこの種の悪にそれほど立腹されるのですか?
⑰ ペイン:どんな革命においても暴力は程度の差こそあれ,使用されねばなりません。それは正常な政治の一部分です。
⑱ あなた: Ⅰ
-- 中略-
⑲ ウルストンクラフト:ルイ十六世治下のフランスは,最も重い病気で苦しんでいました。
⑳ バーク:お嬢さん,そして今フランスは,人民による圧政のもとで,それよりもはるかにひどい病気で苦しんでいます。
21 ペイン:あなたが何故にフランスの民主制度を憎悪されるのかが私には今わかりました。バークさん,あなたは一般民衆を軽蔑されるのですね。
22 バーク:ペインさん,私が議論において必ずしもあなたに同意できないとしても,その点は大目に見てください。あなたによれば私は,暴徒の狂信と不敬心を悲しむゆえに一般民衆を軽蔑していることとなります。また,あなたは私のことをフランスの民主制度を憎悪するものと言われますが,実際には,そこには憎悪すべき民主制度そのものが存在しないのです。われわれがフランスのなかに見るものは民主制,いや無政府ですらありません。それは動揺つねなき不安定な民衆の支持を得ながら次々にすぐ交代していく短命の圧政の継起でしかありません。
23 ウルストンクラフト:バークさん,正直に言ってください。たとえフランスの体制が民主的であることに納得したところで,あなたはそれへの反対を続けられるでしょう。
24 バーク:おそらく私はそれへの批判を続けるでしょう。統治の方法としての民主制は,私の目には理想的なものとは映りません。髪結い人や脂燭商人が国家の圧政を受けることは許されませんが,しかし逆にこれらの連中が個人的にせよ集団的にせよ,国家を統治することが万一許されるならば,国家それ自体が抑圧されましょう。
25 ウルストンクラフト:バークさん,とうとうあなたはご自分の偏見を告白されました。私の,そして今日のフランス国民の信念によれば,髪結い人や脂蠟燭商人も侯爵や公爵と同じく,いや,おそらく彼らよりも立派な統治者たりうるのです。
26 バーク:なるほど同じように立派かもしれないが,しかしそれだけ賢明な統治者ではありえません。選挙人や立法者にとって必要なのはまさしくこの種の英知なのです。
27 ペイン:あなたが金持ちは知恵を持つと信じる根拠は何ですか?
28 ウルストンクラフト:彼らは富を有していますが,富と英知とはまったく異なったものです。
29 バーク:富は閑暇をあがなうものであり,閑暇は人を反省に導きます。あなたは聖書のなかの次の巧みな表現をご存じでしょう。「学者の英知は暇から生まれる。鋤を取るもの …… 牡牛を追って熱心に労働するものが如何にして賢くなるであろうか?」
30 ペイン:ところで,私はべつに髪結い人や脂燭商人であったことはありませんが,十三歳で早くも学校を退いてコルセット製造人の徒弟になった身ですから,あなたから見れば私もこれと同類だと思われるでしょうね …… 。
31 バーク:あなたはもはやコルセット製造人ではありません,ペインさん。あなたは私と同じジャーナリストです。したがって,その身分上国家の役に立ちうべくもない徒輩ではなくて,ご自分の才能により善と悪の双方を共に果たしうる能力を例外的に備えている人物です。あなたは善と悪の両方を行われました。しかし最近では,悪だけを残したと私は断言してよいでしょう。
32 ウルストンクラフト:バークさん,あなたは,富者は英知を持つと主張されます。なるほど彼らは,しばしば彼ら自身の利益のための立法において,その才を発揮することを私も認めます。しかし,フランスの上流階級は,このことひとつさえ果たしたとは,ほとんど言えないでしょう。彼らは自己の近視眼と愚行によって,自分自身の身の破滅を招いたのです。われわれはあなたの言われる髪結い人や脂蝋燭商人のなかに,むしろいっそう多くの英知と,そして疑いもなくいっそうの常識を見出しうるというのが私の信念です。
33 バーク:確かに貧乏人は,抑圧がどのように身にこたえるかを知っているでしょう。しかし彼らには,それを癒す術を知るほどの英知はありません。そのうえ財産を持たないために,彼らには当然,責任感というものがないのです。
34 ペイン:バークさん,実際あなたはたとえ民衆を軽蔑していないとしても,やはり彼らを信用してはいないのですね。
35 バーク:ペインさん,私は民衆を恭しく,そしてほとんど妄信的とも言える畏敬で見上げているとあなたに確言しますが,しかし私が心にもないことを彼らに言ったりするならば,私は彼らに十分な敬意を払ったことにはならぬと信じます。ひとつのことは私には確実です。それは民主主義においては,国民の多数派が最も残虐な抑圧を少数派に対して加えうるという事実です。そして,この種の抑圧は,ただ一人の統治者から懸念されうるいかなる抑圧にもましてはなはだしい害悪なのです。この種の大衆的な迫害においては,個々の被害者は他に比べるもののないほど惨めな状態に陥ります。残忍な君主のもとでは,彼らは人類の和らいだ共感の情を得て自らの傷の痛みを癒しうるのに反し,多数派の圧政に虐げられる人間は,一切の外的な慰めを奪われます。彼らは人類から見放され,人間という彼ら自身と同じ種族の謀議によって圧殺されるのです。
あなた: Ⅱ
出典:モーリス·クランストン著,山下重一ほか訳『政治的対話篇』(みすず書房,一九七三年)。
注:原文には,今日では差別的で不適切とみられる語句や表現がいくつかあるが,原著者が考える登場人物の性格をあらわしているとみられるため,そのままとしてある。また,試験問題として使用するために,文章を一部省略·変更している。
(2)解答例
Ⅰ
革命時だけでなく平時においても政治権力は警察や軍隊などの暴力機構を備えています。国民の生命及び財産などの権利を守るためには、権利を侵害する者に対して国家が暴力を行使することは認められています。日本国憲法31条には「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命……を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」ありますが、これは適正手続きを経れば死刑によって個人の生命を奪うことが認められることを意味します。
戦争もまたこのような暴力にあたることは論を待ちません。自国が他国より侵略をうけた場合、国家は他国に対して最低限度の実力を行使する自衛権を有していることは日本国憲法上の解釈において妥当なところです。安全保障において国家による暴力の行使は正当化されるのですから、自由・平等・博愛を理念とする近代民主主義国家の初めとなるフランス革命時にこの体制を守るための暴力行使が是認されることは言うまでもありません。
この暴力を禁じることは圧政による抑圧のもとでさらに深刻な暴力がはびこる旧体制にフランスを逆戻りさせてしまい、暴力によって虐げられる悲惨な生活を人民に再び強いることになるに違いありません。(494字)
Ⅱ
国民の多数派が最も残虐な抑圧を少数者に加えた歴史的な事実が日本にもあります。関東大震災に際し朝鮮人が井戸に毒を投げ込んだというデマを信じて、市民の自警団が朝鮮人等を虐殺した事件です。この事件が発生した背景として大震災の非常時に出された戒厳令が大きいです。これは憲法を停止して軍隊に行政権を委ねるという命令です。この朝鮮人殺害は憲法を停止したから起きた惨劇です。憲法の本義は暴力から人民の生命や財産といった人権を守り、法の支配を貫徹するところにあります。戒厳令は法ではなく暴力によって秩序の回復を図ることを目的とします。もちろん戒厳令下にあって市民が私的な暴力を行使することは許されるものではありません。フランス革命で多数派が少数者を抑圧するとバークさんは言われますが、真実はむしろ逆です。このような多数者の少数者への圧政を無くし人権を守ることがフランス革命後の憲法にあたる人権宣言にみる社会契約の目的であります。朝鮮人の虐殺は旧憲法下で民主主義が未成熟の時代に起きた事件でしたが、旧憲法であってもその社会契約には、人民の生命や財産を守るという機能が備わっていることを強調してもし過ぎることはありません。(500字)
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