絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

18 件中 1 - 18 件表示
カバー画像

「ともに」街の復興・生活の安定・心の安泰を願って

まいにち目や耳にする能登半島の様子。それぞれ経験された程度は違えど、幾人かの細かいエピソードを知るとどんなに辛かっただろうか、そして現在進行形で辛いだろうと想像してしまい胸が苦しくなる。年末年始、神戸の実家に帰省していた。本当にたまたま、晦日の夜、阪神淡路大震災の話になった。私の記憶はかなり曖昧。母は当時の雑誌を数冊保管していたものを出してきてくれた。大人になって初めて見た。。。あれから29年…たくさんの大きな地震があった。鳥取も岩手も宮城も熊本も大阪も…そして。まさか元日早々にあんなことになるなんて。まだまだ石川が落ち着かない中また1月17日を迎えた。2年前の記事だけど、もしも良かったら読んで欲しい。私のモットー「せずに後悔するなら、して後悔した方がいい」のルーツと「あの日」の雰囲気がなんとなく伝わればいいなと思う。いつどこで地震が起きるか分からない。他人事ではないと思うから。こちらはついでに…去年のもの。どうかこれ以上辛いことが起きませんように。更についでに。支援物資は良く確認!!賞味期限が切れていたり、汚れた洋服だったりを送るのは違う。わざとではなかったとしても、本当に大迷惑。物理的に、労力的に迷惑なだけでなく、精神的ダメージもかなり与えてしまうはず。千羽鶴なんてもってのほかなので、気持ちだけ。自分の家に飾りましょう。どうかどうか、今日が無事でありますように・・・無事な毎日の積み重ね。当たり前に改めて感謝。
0
カバー画像

「帰ったら仲直り」ができないかもしれないから。

去年書いたブログなのだけど。 やっぱり今日はリセットの日。 と思いつつ、めっちゃ子どもを怒りまくってしまうのだけど。 なかなか笑顔でいれなかったりもするんだけど笑。 職場や外ではそれなりに優しい顔をしているはず。 大切な家族にこそしなきゃいけないのにね、、、 人生何が起こるかわからない。 「帰ったら仲直りしよう」の仲直りの相手が消えることもある。「明日やろう」の明日がないこともある。後悔しても遅すぎることもあるんだから。 今日は長女を起こして一緒に黙祷してみました。 少しは何か感じてくれたのかな? いつもはお父さん出勤の時に「見送りぐらいしたら?」 という私の声だけが響く中、今日は玄関まで顔を出しに来た。 今日だけかもしれないけど。それでもいいや。 毎年積み重ねたら何か伝わるかもしれないから。kakoの何気ないブログがほんの少しでも、どこかでだれかの役に立てば心に響けばいいなと思います。気になる方、ご質問のある方、いつでもDMお待ちしています🌟
0
カバー画像

1月17日~28年の歩み

こんばんは、あずま貴之です僕はココナラでビジネスを教えながら メンタルサポートの専門家として これまで300名以上の方の 販売のご相談やサポートをしてきました今日は1月17日阪神淡路大震災が起きた日です僕は当時の被災者なので毎年、この日になるといろんなことを思い出します2年前のブログですがいま、生きづらさを感じてる人には是非、読んでほしいですm(_ _)m
0
カバー画像

あれから27年の道のり

こんにちは、あずま貴之です。本日、1月17日は阪神淡路大震災があった日です。僕は当時、奇跡的に助かった生還者のひとりです。もし、あの時誰にもみつけてもらえず救助されていなかったらいま、こうしてあなたに何も伝えられないまま生涯を終えていました。いまでも多少、体の後遺症はありますがおかげさまで目も口も鼻もあって両手、両足もついていて歩いたり走ったり文字であなたに思いを伝えたり電話で話したり、誰かと直接会って時間を共有することもできてます。「生きてるだけで丸儲け」いま、毎日のように不幸な出来事やお金に対する不安など不安と恐怖と戦いながら過ごしている人もいらっしゃると思います。ただ、その不安や恐怖を感じるのは生きてるからなんです生きてればいろんな事があります。でも、人生ってトータルして見たら嫌なことよりも、嬉しかったり楽しいことのほうが多いと思うんです。時には失敗したり傷ついたり人前で恥をかくことだってあると思います。でも、そこから新しい自分がはじまるんです。いま、目の前のことだけに振り回されないでください生きれていれば、何度だって挑戦することができます。僕の人生も山あり谷ありです。うまくいくこともあれば失敗して人生のどん底だと感じてしまうことだってあります。でも、人間って生きてれば変わっていけるんですよね。あなたの未来は他人が決めるものではなく自分で決めて切り開いていいんです。あなたが、自分の未来が明るいと望めばその未来を作ることだってできます。だから、いまが、どんなに辛くても決して投げ出さないでください「生きてるだけで丸儲け」震災当時の経験を過去のブログで公開してますよければ読んで
0
カバー画像

震災から学ぶ、楽観バイアスの危険性

こんにちは、あずま貴之です♪ 僕は幸せマインドでビジネスを 成功させる専門家として これまで400名以上の方の ココナラ販売をサポートをしてきました 2023年「ココナラ電話相談 コンサル」 ⭐おすすめサービスNo.1⭐ ↓↓↓↓↓コンサル後の事例今日は1月17日 いまから29年前 阪神淡路大震災が起きました。 僕は当時の被災者であの日、無事に 生き延びることができましたが それは、いまでも本当に 奇跡としか思えない出来事でした。 毎年この日になると 自分の生き方をあらためて 考えるようにしています。 当時の話は過去のブログで 書いています。 文末にURLを載せておくので よければ読んでみてください。 さて、ここからが本題です。 人間心理のなかには 認知のゆがみという 自分の感情や主観的な思い込みで なんの根拠もないのに 「〇〇であろう」 とネガティブなことを思い込む思考の癖があります。 そのなかで楽観バイアスという 認知バイアスの一種があります。 楽観バイアスは 他の認知バイアスに比べると ポジティブに捉えがちな 部分もありますが実は、人生を生きる上で お金や時間、健康面周りの人間関係などを 悪化させてしまう かなり危険な思考パターンです。 楽観バイアスの特徴は 「自分だけは大丈夫だろう」 「自分には関係ないことだ」 「自分に限って、そんなことあるはずない!」 などといったように 不都合なことから目をそらす 思考パターンです。 まあ、シンプルに言うと 自分にとって不都合なことは考えない ということです。 そして楽観バイアスが起きやすい人の 代表的な行動パターンは先延ばしです。
0
カバー画像

別れが忘れられない自分は責めないで食事で温める♪

アロハ☆ハナイノウエです。昨日は阪神淡路大震災から28年。大切な方と会えなくなってしまった方、今日でもまだあの日までの日常生活が戻っていらっしゃらない方に心からお見舞い、哀悼の意を表します。私はハワイでグリーフケアについても医師についてボランティアとして実際に経験させていただきました。グリーフケアというのは大切な方との別れを経験したご遺族の方の御心の回復のお手伝いをさせていただくケアです。ご両親、お子様、お孫様、ご夫婦のパートナー、また人でなくペットという方もいらっしゃいます。お別れの瞬間からしばらくは日常生活のスケジュールも環境も大きく乱れがちなので、このタイミングでこれまでのような食生活ができないということは仕方がないことと言えるでしょう。「もう1年も経っているのに大好きだったパンが食べられない」「この1カ月、ジュースとヨーグルトだけで5kg痩せた」というような方も多く、このままではいけないとはわかっていても食べられないからこそ余計に新たなご自身を責め、悩むきっかけになってしまう皆様。素晴らしいです!きちんと向き合っていらっしゃる証拠です。一生懸命現実を受け止めようとしているご自身を手放しで世界で一番の熱さでほめてさしあげてくださいませ。簡単はとても受け入れられないようなショックなことは最初はパニックで想定外の雨、その後に目の前にして大雨、そこから豪雨みたいな時期。そして必ず雨は止みます。「必ず」です。素晴らしいという表現に対してデリカシーがないと思われた方がいらしたら、心よりお詫びいたします。でも、人生に大きな影響を与えるほどのショックな別れは、受け止めることで進めます。
0
カバー画像

1月17日 縁起を担ぐ

こんにちは❣1月17日水曜日 赤口庚辰防災とボランティアの日、ひょうご安全の日、おむすびの日、湾岸戦争開戦の日、今月今夜の月の日です。阪神大震災から今日で29年。東日本大震災、そして石川県の地震。被災して、心に大きな傷を負った方々、その中でも元気に復旧復興に向け、一歩一歩前へ進んでいる方。応援しています。私も東日本大震災では行方不明者リストに載り、命からがら津波から避難した一人。津波の泥まみれのなか、職場の片づけはキツイ臭いと寒さの中で、水も電気もない状態でした。その臭いの中で食べたおむすび。復旧後もおむすびの臭いで気持ち悪くなっていました。現在は大丈夫になりました。おむすび=お結びおにぎり=鬼切り縁起よさそうです。いつも多くのスキ💕ありがとうございます😊今日一日良い日良い出会いがありますように〜
0
カバー画像

こういう時が良い機会

今朝はそれほど寒くなかったのですが、夕方からかなり冷えてきたように思います。 明日は雪の予報になっているので、気をつけて参りましょう。 さて、27年前の今日、阪神淡路大震災が起こりました。 まだ私が長女の年齢より若かった時なのですが、その時のことをはっきりと覚えております。 目覚めるちょっと前だったかと思うのですが、ガタガタっと揺れたかと思うと、母が私の部屋に来て、「結構揺れるね〜。」と言いながら、ドアの柱につかまっていました。 私はベッドの上にいたので、そのまま揺れが落ち着くのを待っていました。 確かこちらは震度4だったかと思います。 その時はまさかあんなに酷いことになっているとは思っていませんでした。 今もトンガで火山が噴火して津波が発生したり、ミサイルが飛んできたり、小惑星が地球に接近するなど、思いもよらないことが起こります。 また、災害は忘れた頃にやってくることが多いように思います。 日頃からイメージをして、できる範囲で備えておくのが大事だなぁと思いました。 こういう時が良い機会ですので、非常食や非常持ち出し袋など確認をしておくのが良いと思います。 それでは明日も寒くなりそうですので、あたたかくしておやすみ下さいませ。
0
カバー画像

1.17

 おはようございます。けんた☆です。今日は1.17ですね。1.17と言えば、阪神・淡路大震災。あれから27年の月日が経ちました。兵庫県民として忘れられない日です。 毎年、追悼行事が行われていますが今年の灯篭文字は「忘」だそうです。震災からすでに27年が経ち、被災者の高齢化も進んでいるので、記憶を語り継いでいかなければならないという事から、「忘」という文字が灯されたそうです。 当時、私は中学3年生で震源地から離れた場所に住んでいましたので、とても大きな揺れはありましたが、体をどこかにぶつけたとか物が落ちてきてケガをしたとかもなく、奇跡的にも無事でした。家族も無事でした。それでも初めて経験する大きな揺れにとても恐怖や不安を感じたのを、今でも鮮明に覚えています。 テレビで見た光景は、本当に悲惨でした。高速道路が倒れていたり、街のあちこちで火災が起きていたり。中学生という多感な時期。さらに受験を控えていた私にとっては、恐怖と不安で頭がいっぱいになっていたと思います。  そんな状況の中でも、乗り越えて行けたのは家族の支えであったり、友達の存在だったと思います。誰かがいてくれる、どんな事があっても味方になってくれる。それだけでとても心強い。 『あの時の経験を忘れずに、支えられている家族、仲間に感謝して過ごしていこう』そう強く思う一日始まりでした。  
0
カバー画像

東日本大震災から13年 防災計画の誤り トップ3

はじめに 東日本大震災と、福島第一原発事故の発生から13年経ちます。「震災関連死」を含めた死者と行方不明者は、2万2222人にのぼります。 当時、高校生だった私にとって東日本大震災は衝撃的であり、大学生の際にボランティアへ復興しにいったことを彷彿させます。 災害は0にすることはできませんが、防災計画を事前に策定し、更新し続けることで減災することはできます。 私も現職、前職で防災に携わり、事前に計画しておかなければ、実災害時に対応ができるわけがないことを図上訓練、防災訓練、BCP・地域防災計画・災害時受援計画・避難確保計画・自主防災組織運営マニュアル、避難所運営マニュアル、避難行動要支援者個別計画の策定、地区防災計画策定...etc。様々な活動を行う中で身に染みて感じております。第3位:罹災証明の区分が6段階になったことを反映していない。 内閣府で、「災害に係る住家の被害認定基準運用指針」(令和3年3月)の改定があり、以下の6段階で被害認定区分を見直すことが決まりました。①全壊:損害割合50%以上②大規模半壊:損害割合40%以上50%未満③中規模半壊:損害割合30%以上40%未満④半壊:損害割合20%以上30%未満⑤準半壊:損害割合10%以上20%未満⑥一部損壊:損害割合10%以上20%未満 上記の理由としては、過去には全壊、半壊、一部損壊という区分しかなかったのですが、半壊の家は実質住めない家が多いのに、補助が少ない等の理由がありました。そのため、被災者により柔軟な支援ができるよう国が6段階にわけてくれたのです。 しかしながら、以下の自治体のように当該内容を反映しきれていないパ
0
カバー画像

日常生活でできる防災対策

29年前の今日、阪神淡路大震災が起きました。私もその日のことはよく覚えています。テレビで高速道路が傾いている映像や火事で手がつけられなくなっている映像を見て、とても怖くなりました。 その後の東日本大震災、そして元旦に起こった能登半島地震をはじめ、日本では頻繁に地震が起きています。いつどこで起きても不思議ではないので、普段から対策をしておくのが大事だと思います。 ということで、「日常生活でできる防災対策」をいくつかあげたいと思います。1. 家の中を安全にする     本棚やタンスなど、倒れやすい家具は壁に固定する。     重い物は低い場所に置き、揺れたときに 落ちてこないようにしましょう。2. 防災グッズを準備する     懐中電灯、ラジオ、予備の電池、水、 非常食などを用意しておきましょう。 今はネットでもこんなものがあると良い等、 たくさん情報があるので、自分に必要なものを 取り入れると良いかと思います。3. 避難計画を立てる     家族で、地震が起きたときの避難場所を 決めておきましょう。     学校や塾からの帰り道にある安全な場所も 確認ししておくと良いと思います。 まだまだ対策しておくべきことはたくさんあるかと思います。地震が起きた時のことをイメージして、私も対策していきたいと思います。皆さんも良い機会かと思いますので、家族で話し合ってみてくださいね。 それでは今日もゆっくりおやすみくださいませ。
0
カバー画像

運命を分けるのは普段の行い

皆様、こんにちは。 阪神淡路大震災から今日でもう30年近く過ぎているのですね。随分と前のように感じますが、これからまた同じようなことが起きる可能性を考慮するとそうも言っていられないと言えます。 経済の混乱は勿論ですが、人の心があの頃とは比べ物にならないほど脆くおかしくなっていることが気にかかります。 同時に海外からのゲストが多い昨今、間違いなく大混乱が起きるのは避けられそうもありません。 パニックになって治安がおかしくならないか? そうなった際に落ち着くまでどうやって過ごしていくか? 備えている人とそうではない人では生死が大きく変わっていくことになりそうです。 今日の余計な一言:運命を分けるのは普段の行い。
0
カバー画像

阪神淡路大震災の証言記録~灘校より~あの日を知らない君たちへ

子供の教育、受験、不登校 介護、看護、看取り・・・ 家族の将来に 不安を持つ方のための 寄り添いナース✿さくら ようこ✿です 平成7年(1995年)1月17日午前5時46分 阪神淡路大震災が起こり 重大な被害が出ました。 当時の大阪で経験した私を振り返り 神戸市で被災した灘校が作成した 「“あの日”を知らない君たちへ ―阪神淡路大震災と灘校 証言記録」を 再度ご紹介し またいつ来るか分からない災害に 備えたいと思います。 あれからもう31年も経つのですね・・・ 当時、私は大阪の総合病院の小児病棟で 深夜勤務をしていました。 見回り中に突然! グラグラと揺れ じっと立っておられず 右へ左へと揺さぶられました。 防火扉がバンバンと閉まっていき 新築の立派な病院の壁にヒビが入り・・・ 何が起こったのか認識するのに 少し時間がかかりました。 ふと我に返り 病棟の子供達の安否確認を しなければなりません。 まず、人工呼吸器の患者さんから 次は持続点滴の機械がきちんと作動してるか の順で、と後輩に指示をして 手分けして急いで確認に回りました! 子供達に 「大丈夫やからね!落ち着いてね!」と言うと 「看護師さんの方が落ち着いてよ!」と 返され、苦笑いしたことを覚えています(~_~;) 情報が入ってこないので キッズルームのテレビをつけ 付き添いで泊まっていた 保護者の方々と情報収集に努めました。 時間が経つにつれ 神戸の街の悲惨な状況の映像を見て ショックを受けました・・・ 私が勤務していた病棟では 白血病や悪性疾患で 余命宣告をされた子 骨髄移植中の子や 難病の子達が沢山いました ヘリポー
0
カバー画像

276号・戦後~1970年台に建てられた木造住宅は要注意

 日本建築の代表とも言える法隆寺のような神社仏閣や、桂離宮に見られる数寄屋建築などは、代々、受け継がれてきた技量のある棟梁、大工、職人さんによる伝統的な工法によってつくられていて、その後も建築守りによって代々、維持管理され、補修、修繕、改築、大改修が繰り返えされて今日に至っています。  そのことを世界最古の木造建築である法隆寺は1400年以上の時を経て、風、雨、雷、地震に耐えて現存しています。だから「木造住宅も地震に強く長持ちする」というのは詭弁にすぎません。   戦前の伝統的工法による木造建築と戦後の木造住宅とは全く異なる工法です。というのも戦後、1950(昭和25)年に建築基準法が交付され、建築確認申請業務は義務付けられたものの、大工であれば誰でも建築のできる木造住宅となってしまいました。確認申請といっても、配置図、平面図、立面図を添付して申請、その申請書に添付の建物が建築基準法に合致さえしていれば、受け付けた行政は建築確認通知書として交付していました。     ただ、竣工検査済書を受領してはじめて、その建物は合法適合建築物ですが、竣工検査済書発行の依頼をしなければ、申請書に添付した建物と多少違っていても近隣からの指摘、建築パトロールで引っかからなければわかりませんでした。また、当時は構造体の検査はなかったので施工業者次第のところがありました。   銀行も確認通知書があれば融資は実行されていました。つまり、申請とは異なる住宅を建てていても、竣工検査依頼手続きさえしなければ、違法であっても黙認みたいなところがありました。なので、当時の建築基準法はザル法(何でもありという意味で
0
カバー画像

あれから30年

寒中お見舞い申し上げますHealing Smile Angelです。 新年のご挨拶が遅くなりました。 昨年、父が旅立ったので喪中につき遅くなってしまいました。 1995年から30年。 先日の1月17日は、阪神淡路大震災から30年。 もうそんなに時間が流れたんですね。 あの日の記憶は、今も鮮明に覚えています。 三連休明けの火曜日、5時47分。 下から突き上げてくる振動後に、大きな横揺れ。 この日は、地震が起こる前に珍しく目覚めていたので、 布団から抜け出してすぐに行動が移すことができました。 母が、玄関の扉をあけ避難口を確保。 私は、揺れが治まってから台所へいくと炊飯器が飛ばされて いました。 食器棚は、置いている方向がよかったようで無事。 ただし、食器の一部扉にくっつき開けると数枚犠牲になりました。 幸い我が家は、大きな被害がありませんでしたが、 震災当日は電車も止まっていたので会社を休みました。 会社へ電話をしようとしても、当時は、携帯電話もなく又家の電話回線からは電話はできず、公衆電話のみ。 近くに公衆電話は列ができていたので、家で待機していると出社されていた支店長から電話をいただき報告しました。 翌日に、大阪市内の職場に行くと応接の仕切りのガラスが割れた 形跡がありました。 震災発生当日に、上司が出勤されていたので大まかな所は 元に戻していただいていました。 職場の食器棚も、設置場所が良かったので無傷でした。 兵庫県内に住む同僚は被災し、半壊で避難。 食料もないので、依頼されたカセットボンベとレトルトのおかゆを買えるだけ確保して渡しました。 今では、インターネットや携帯電
0
カバー画像

忘れまじ 1月17日

2026年 1月17日 土曜日 1995年(平成七年) 1月17日 水曜日 早朝 5:46 阪神淡路大震災 マグニチュード 7 被害者は6000人を遥かに超え 当時の記録としては 戦後最大のモノでした。 家庭と言うモノを持っていた当時 私は寝起きで 丁度 寝床から立ち上がった瞬間で、 激しい揺れに 身動きが出来ず 柱に捕まって 家の中を見回していました。 食器棚が前後に揺れて 食器が飛びださんと大暴れ! 結果 無事でしたけれど ベランダの外からは 山が軋む不気味な音がしており、 まるで 巨人が現れて マンション(建物)を揺らしているようで 怖かった事を憶えています。 山が 地面が軋んで 音を発するのを 生まれて初めて聞いて 驚き以外の何物でも ありませんでした。 上の子は 昭和62年 11月5日生まれ 下の子は 平成三年 3月30日生まれ いつもは寝ている時間でも この時ばかりは起き出しました。 仕事先では 朝礼前から 地震の話題で持ち切り。 多くの犠牲者が出ている事。 暗い内から発生した火災が 今だ 収まっていない事。 高速道路が横倒しで破壊している事。 社員自身には 直接の被害は無かったけれど、 実家とか 親類宅が失われた事が 後に判明しました。 あれから 31年 忘れられる筈の無い過去 心に留め置き 日々を過ごして参りました。 それは これからも。
0
カバー画像

苦手な人物事を平気にするシャーマン秘儀教えます ☆心の帰る場所・空の境地に至る向かう所敵無しの技法☆

最近、仕事・プライベートにおける嫌な相手、苦手な相手に対して対処する方法などあるでしょうかというご質問が増えています。その場から逃げられる、仕事ならば辞めたり部署を変更したりなど出来ればいいのでしょうがなかなかそうもいかず困っている方も多く見受けられます。この秘儀はそういった避けられない人間関係によって過剰なストレスを抱え、苦しんでいる方に向けた苦手な相手に対して耐性をつけてしまう⇒相手に対して平気になり相手の態度や環境ごと変えてしまうというかなり都合のいい秘儀です。元はシャーマンが生み出した技法であり苦手な相手だけでなく、苦手な食べ物、トラウマとなっている過去の事象をこの秘儀で全部消してしまうために門外不出の技法でプロのセラピストやごく一部の人間だけが学べる秘術でした。仕事での関係ではなく家族や友人、夫婦やご近所づきあいなど様々な場面でこの秘儀を使いストレスをストレスと感じない自分になる(今までの自分を破壊する)ことで向かうところ敵なしのような心休まるあなたが本当に出合いたかった場所が見つかることでしょう。シャーマンはこの心の拠り所・境地ををザナドゥ(桃源郷)と表現していました。現代を生き抜いていく対処法をあなたに是非学んでいただきたいと思っています。こちらは祝詞やマントラでなく技法の提供になります。難しいものではなく技自体はシンプルですのでどなたでも気負うことなく取り組んでいただけるものとなっています。ただし特定の人・もの・ことに対してトラウマがひどい場合技を行う最初のうちは拒否反応が強く出る場合がありますので私共の指導に従いながら行うようにしてください。
0
カバー画像

令和七年:冬の土用が始まりました

お早うございます、言靈師のフミコです。本日より冬の土用に入りましたね。ここから節分(2月2日)迄は、お土の神様が、冬から春への作業をされる期間です。毎度のように土いじりができなくなりますので、間日を見計らってベランダ菜園の処理をしようと思います。幸い先には高温予想も出ているようですので、暖かな日と間日が重なるのを待ちます。くれぐれも身体に負担が無いよう配慮するつもりです。森の木々の葉っぱは下に落ちました。上は一掃されて枯れ葉の下にあるお土内では、ここから着々と春の準備が進むことでしょう。目には見えないけれど、目に見えない存在が確実に整えてくださっている安心感。相変わらず世の中はあちこちで大混乱が続いていますが、それもこれも全ては大調和に向けて現象化しているだけですので、我々は心静かにリラックスして土用期間を味わいましょうね。抜けた先には2月3日の立春が待っています。私も体調に氣をつけながら、これまでのまとめや片付けと、次なる準備を進めて行こうと思います。どうぞあなた様も健康で安らかな期間となりますよう・・・☆彡写真は2025年1月16日、神戸の朝です。震災から30年。鎮魂。
0
18 件中 1 - 18