樒の根元に還る雀の涙
私の師僧のお寺には、施餓鬼(せがき)供養塔が静かに佇んでいます。 施餓鬼とは、仏教において飢えと渇きに苦しむ「餓鬼」や、拠り所のない無縁仏に食を施して供養する儀式のこと。 私の師僧は毎日、この石塔にお米を丁寧に乗せ、真言を唱えていらっしゃいます。 そのお米を目当てに、日中になるとスズメなどの野鳥が次々と集まり、お腹を満たしていくのがいつもの光景でした。 厳しい修行のさなか、境内を包む小鳥たちの健やかなさえずりは、私にとって無上の癒やしであり、それ自体がひとつの美しい供養の姿のようでもありました。 しかし、ここ数か月、異変が起きていました。 供えたお米がまったく減らなくなり、あれほど賑やかだった鳥のさえずりも、ぴたりと途絶えてしまったのです。 静まり返った境内で、私の胸には小さな、けれど確かな寂しさが澱(おり)のように積もっていきました。 その理由を知ったのは、修行として縁側の雑草を刈っていたときのことです。 生い茂る草をかき分けた縁側の下に、ぽつんと、小さなスズメの亡骸を見つけました。それはきっと、猫に襲われたのでしょう。 この場所で猫にやられた雀が流した涙が、目に見えない警戒の気配となって、仲間たちを遠ざけていたのだと気づきました。 理由が分かった納得感とともに、「ずっと見つけてあげられなくてごめんね」という痛切な思いが、胸の奥から湧き上がってやみませんでした。 私は、密教に用いられる霊木・樒(しきみ)の根元に深く穴を掘りました。そして、拙いながらも一言一言に祈りを込め、真言を唱えながら、その小さな命を優しく土へと還してあげたのです。 雀の流した目に見えない涙が、どうか樒
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