百王伝説(2)
第一章 双ヶ岡のくろ梵字 一「あれは確か、暦応四年(一三四一)孟夏(旧暦四月)のことであったか。兼好法師を訪ねてここへ来たのは……」 くろ梵字は、遠くを見るような目で言った。そして、「懐かしいのう。そうそう、夕暮れのことであったわ」 一人、五十年ほど前の世界に没入していくようであった。 くろ梵字とは人の名で、暮露ぼろという半僧半俗の遁世者でもある。 堀北小四郎が、くろ梵字を訪ねて来たのは、聞きたいことがあったからで、どうやら五十年ほど前の話は、そのことと無縁ではないものと思われた。 小四郎の見当に間違いが無ければ、五十年前のくろ梵字は三十代、『徒然草』で名高い兼好法師は六十代のはずである。 そのころ兼好は、比叡山を下りて、洛西双ヶ岡のここに居を定めていた。相変わらずの方丈の庵だったそうだが、貧しさは叡山横川よかわの比ではなかったらしい。だが、出家し頓世した兼好は、全く意に介さなかったと伝わっている。 後に兼好は、阿倍野に転居し、長い間無住であったこの庵にくろ梵字が住み着いたのは、十年ほど前からだという。 五十年前――。「おう。来たかや」 くろ梵字を認めたのだろう、兼好が庵の中からにこやかに声を掛けてきた。 今度は覚えていてくれたようだ、とくろ梵字は安堵した。前回訪れたときは、確かに忘れていたはずである。それとも手ぶらだったくろ梵字への不満の表れだっただろうか。「此度は持参つかまつりまいた」 くろ梵字は、右手に持った大振りの徳利を持ち上げてみせた。「よきかな。よきかな。朋あり遠方より来る……」 兼好が『論語』「学而編」の一文を朗じようとするので、「肴はこれでよろしかろう
0