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百王伝説(3)

     第二章 野馬台詩   一「それゆえ、やつがれを訪ねてきたかや」「その通りです」「ふうむ」 小四郎の話を聞き終えて、くろ梵字は何やら考え込むふうである。「陽が落ちるようです」 ややあって、くろ地蔵がおそるおそる告げた。「おお。つい、長話になったようだ。小四郎とやら、腹は空いておらぬか」 くろ梵字に訊かれて、小四郎も空腹を意識した。それを察したのだろう、「くろ地蔵よ。頼むぞ」「承って候」 くろ地蔵は、ゆっくりとくろ梵字から離れた。くろ梵字は小四郎の手を借りて壁にもたれると、「山名どのは何処に?」「まだ京には入っておりませぬ。白子どのが京を探り、それがしがここを訪ねた次第」「内野の戦いから三年ほどしか経っておらぬゆえな。そのうえ満幸どのは、乱の首魁であったな」 くろ梵字は憐れむように言った。「教えてくだされ。この詩を読み解けるのはどなたでござろう」 小四郎は紙片を手にくろ梵字に低頭した。「読み解けるのは、賢人と呼ばれる人物のみであろう。当代の賢人といえば、貴族か叡山か……。いずれにしろ武家で読み解ける者はおるまい……」 すでに頓阿法師は亡い。くろ梵字は、思案しながら、「そうじゃ。安倍有世どのであれば、あるいは」 と、思い出したように一人の人物の名をあげた。「陰陽頭おんみょうのかみの安倍どのでござりますな」 くろ梵字は肯いた。「山名どのの謀叛を予言した安倍有世どのは、野馬台詩によりそのことを知ったという真しやかな噂がある」「本当でござりますか」 小四郎は半信半疑だが、もし事実であれば、今後の満幸の身の処し方も最善の方法が、あるいは分かるかもしれない。「して、その住まいは」 小
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百王伝説(2)

   第一章 双ヶ岡のくろ梵字   一「あれは確か、暦応四年(一三四一)孟夏(旧暦四月)のことであったか。兼好法師を訪ねてここへ来たのは……」 くろ梵字は、遠くを見るような目で言った。そして、「懐かしいのう。そうそう、夕暮れのことであったわ」 一人、五十年ほど前の世界に没入していくようであった。 くろ梵字とは人の名で、暮露ぼろという半僧半俗の遁世者でもある。 堀北小四郎が、くろ梵字を訪ねて来たのは、聞きたいことがあったからで、どうやら五十年ほど前の話は、そのことと無縁ではないものと思われた。 小四郎の見当に間違いが無ければ、五十年前のくろ梵字は三十代、『徒然草』で名高い兼好法師は六十代のはずである。 そのころ兼好は、比叡山を下りて、洛西双ヶ岡のここに居を定めていた。相変わらずの方丈の庵だったそうだが、貧しさは叡山横川よかわの比ではなかったらしい。だが、出家し頓世した兼好は、全く意に介さなかったと伝わっている。 後に兼好は、阿倍野に転居し、長い間無住であったこの庵にくろ梵字が住み着いたのは、十年ほど前からだという。 五十年前――。「おう。来たかや」 くろ梵字を認めたのだろう、兼好が庵の中からにこやかに声を掛けてきた。 今度は覚えていてくれたようだ、とくろ梵字は安堵した。前回訪れたときは、確かに忘れていたはずである。それとも手ぶらだったくろ梵字への不満の表れだっただろうか。「此度は持参つかまつりまいた」 くろ梵字は、右手に持った大振りの徳利を持ち上げてみせた。「よきかな。よきかな。朋あり遠方より来る……」 兼好が『論語』「学而編」の一文を朗じようとするので、「肴はこれでよろしかろう
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