ライバルは、今も私の店で生きている
私がゴルフから離れた理由の一つに、ライバルの死があります。私がゴルフを始めたきっかけは、そのライバルのお父さんでした。ある日、店のカウンター越しに突然こう言われました。「お前、明日の日曜、時間あるか?」私は断れる立場ではなく、「空いております。」と即答しました。翌日、ゴルフ練習場へ連れて行かれ、新潟トップシニアとして活躍していた方に、クラブを選んでいただきました。パターを除いて40万円を超える買い物でした。「ここまでお金をかけたのだから、絶対に上手くなろう。」そう決めた私は、夢中で練習しました。目標は、70台でラウンドすること。そして、ホールインワンを達成すること。初年度、一日で1,500球打ったこともあります。休日には、練習場のオープンから閉店まで、13時間打ち続けた日もありました。その練習場には、決まってライバルの彼が現れます。当時は、まだ私より少し上手い程度でした。一方、お父さんは理事長杯で優勝するほどの腕前。不思議なことに、親子が同じ時間に練習場へ来ることはほとんどありませんでした。教え方も対照的でした。お父さんは、「こう構えるだろ。そしたら、こうだ。あとはバーンとな!」私は、「はい!」と返事をしながら、実は何一つ理解できませんでした。反対に、息子である彼は理論的でした。私には、その説明の方がよく理解できました。そんな二人に教えられながら、私はゴルフを続けました。5年目。ついに目標だった70台を達成しました。その日は、お父さんと同じ組でのラウンドでした。本当に嬉しかったことを覚えています。その頃、ライバルの彼はヘルニアの手術をしていました。「弱った姿は見られたくない。」
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