“楽でいてほしい”なんて、誰かに言われたことはなかった。
陽菜の言葉のあと、しばらく、誰も話さなかった。夜風だけが、静かに通り過ぎる。ブランコが、きい、と小さく鳴る。凪は、胸の奥に残る熱を、どう扱えばいいのかわからなかった。“凪が楽なほうが、見てて安心する”その言葉が、何度も、ゆっくり胸に落ちていく。今まで、“ちゃんとしてるね”とは言われてきた。“優しいね”とも。でも、“楽でいてほしい”なんて、誰かに言われたことはなかった。凪は、少しだけ視線を落とす。制服の袖を、指先でつまむ。癖みたいな動き。不安な時、昔から、よくしていた。陽菜は、その手元を見ていた。でも、何も言わない。ただ、少しだけ距離を近づける。肩が触れそうで、触れない。その曖昧な近さが、妙に落ち着かなかった。「……陽菜って」凪が、小さく言う。「なんで、そんなこと言えるの」陽菜は、少しだけ笑う。「なんでだろ」考えるみたいに空を見る。「たぶん、凪が頑張ってるの、わかるから」凪の胸が、静かに揺れる。わかる。その言葉が、思っていたより、深く刺さる。「でもさ」陽菜が続ける。「凪、自分が疲れてる時ほど、“大丈夫”って顔するよね」その瞬間、凪は、言葉を失う。図星だった。たぶん、自分より、陽菜のほうが見えている。「……そうしないと」また、小さく漏れる。陽菜が、静かに見る。凪は、少しだけ苦しそうに笑った。「そうしないと、迷惑かけるから」その言葉のあと、夜が少しだけ静かになる。遠くで、自転車のベルが鳴った。陽菜は、しばらく黙っていた。それから、ほんの少しだけ眉を下げる。「凪ってさ」やわらかい声。でも、逃げられない声。「誰にも迷惑かけないようにしてるのに」少し間。「自分には、ずっと無理させてるよね」
0