夜は、ゆっくり深くなっていた。
公園の街灯が、
静かな円を地面に落としている。
ブランコは、もうほとんど揺れていない。
凪と陽菜は、並んで座ったまま、
同じ夜風を感じていた。
凪は、少しだけ空を見上げる。
黒に近い青。
その色を見ながら、
胸の奥で、
何かが静かに変わっている気がしていた。
今までは、
ずっと同じことを考えていた気がする。
嫌われないように。
変に思われないように。
ちゃんとしていられるように。
どうしたら、
ここにいていい人になれるか。
その問いばかりで、
ずっと生きてきた。
「……なんか」
凪が、小さくつぶやく。
陽菜が、ゆっくり視線を向ける。
「私、ずっと」
言葉を探すみたいに間が空く。
ブランコの鎖が、かすかに鳴る。
「どうしたら嫌われないか、ばっか考えてたかも」
夜風が、髪を揺らす。
その声は、少し恥ずかしそうで、
でも、ちゃんと本音だった。
陽菜は、何も急がない。
ただ、凪の言葉が落ちる場所を、
静かに待っている。
「だから」
凪が続ける。
「誰かが怒ってると、自分のせいかなって思うし」
少し笑う。
苦しそうな笑い方。
「ちゃんとしてないと、ダメな気がしてた」
陽菜は、しばらく黙っていた。
それから、小さく息を吐く。
「凪ってさ」
やわらかい声。
「ずっと、“自分がどうしたいか”聞いてなかったんだね」
その瞬間、凪の胸の奥が、静かに揺れる。
“自分がどうしたいか”。
そんなこと、考えたことがあっただろうか。
どうすれば嫌われないか。
どうすれば安心されるか。
どうすれば空気を壊さないか。
そればかりで、
“自分”を置いてきた気がする。
凪は、ゆっくりブランコを揺らす。
ほんの少しだけ。
前へ。
後ろへ。
「……わかんない」
小さく言う。
「私、何が楽なのかも、まだよくわかんない」
陽菜は、その言葉を否定しなかった。
笑わない。
励まさない。
ただ、少しだけ近くで聞いている。
「じゃあさ」
陽菜が、静かに言う。
「これから探せばいいんじゃない?」
街灯の光が、
陽菜の横顔をやわらかく照らす。
「凪がちゃんと呼吸できる場所とか」
少し間。
「凪が、“凪のまま”でいられる感じとか」
その言葉に、凪の胸が、少し熱くなる。
“凪のまま”。
そんなふうに言われたこと、
今までなかった気がする。
ブランコが、ゆっくり揺れる。
夜の公園。
静かな空気。
凪は、そっと目を閉じる。
すると、胸の奥に、
小さな問いが浮かぶ。
“私は、本当はどうしたいんだろう”
今までなら、怖くて閉じていた問い。
でも今日は、少しだけ、
その続きを知りたいと思った。