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馬に、鳥に、導かれて。半世紀かけて見つけた私の使命

はじめまして。Lily Kobayashiと申します。動物グリーフケアカウンセラー・心理カウンセラーとして活動しながら、映像制作を通じて「心の痛みを光に変える」お手伝いをしています。振り返ると、人生の岐路にはいつも、動物たちがいました。セキセイインコの小さな羽ばたきに癒やされた日々。馬と向き合うことで、言葉にならない感情を受け取ってもらった時間。仕事を辞めて立ち止まったとき、新しい一歩を踏み出す勇気をくれたのも、彼らでした。そして大切な命を見送る悲しみも、経験しました。「あの子がいなくなって、世界の色が変わってしまった」この言葉の重さを、私は身をもって知っています。だからこそグリーフケアを学び、映像制作を学び、「悲しみを抱えた人に寄り添いたい」という使命にたどり着きました。動物たちが私を導いてくれた、半世紀かけて見つけたこの道を、今度はあなたのために使いたいと思っています。現在、以下の2つのサービスを出品しています。【遺す】涙を光に変えるペットメモリアル動画 サンプル【祝う】命の肖像シネマティック動画 サンプル同じ痛みを知る者として、あなたとあの子の物語を一緒に形にさせてください。まずはお気軽にコメントしてください。
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四十九日を前に、気持ちの整理がつかないあなたへ。

大切な存在を亡くして四十九日が近づいてきた。それなのに、気持ちの整理が全然つかない——そういう人に、今日は届けたい内容です。もしかして「そろそろ落ち着かなきゃ」「区切りをつけなきゃ」と、自分を急かしていませんか?急かさなくていい。四十九日は、あなたの悲しみに期限を設ける日じゃない。四十九日という節目の、本当の意味仏教では、亡くなってから四十九日の間、魂がこの世とあの世の間をさまようと言われている。そして四十九日を境に、魂が次の場所へ旅立つとされている。つまりこの日は、「あなたが悲しみを終わらせる日」ではなく、「あの子・あの人が、次の場所へ向かう節目の日」。残された側が気持ちを整理し終える必要は、どこにもない。そんな期日ではないということです。四十九日を迎えても、まだ悲しくていい。まだ泣いていい。それは、ふつうのことだし、当然のこと。「気持ちの整理」は、しなくていい「気持ちの整理をつける」という言葉が、私はあまり好きじゃないのです。だって悲しみは、整理するものじゃないと思っているから。引き出しに片付けて、蓋をして、見えないようにする——それは整理じゃなく、封印というかたちに過ぎない。そして思うに、封印された悲しみは消えない。深いところに沈んで、夜中にふと浮かび上がってくる。それって今は目の前にいないあの子、あの人にどれだけ失礼なのかと感じてしまいます。悲しみは整理するものじゃなく、共に歩むものだと私は何度も言いたいです。四十九日が来ても、悲しみはそこにある。それでいい。この節目に、できることとして気持ちの整理はしなくていい。でも、この節目に向けてできることが、ひとつあります。「あ
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グリーフQ&A vol.2|悲しみの中で感じる、ちょっと意外な気持ちについて

グリーフの中にいると、自分の感情に戸惑うことがあります。「こんなことを感じていいの?」という疑問を、今回は取り上げます。Q1. ペットが亡くなったのに、笑ってしまうことがあります。不謹慎ですか?まったく不謹慎ではありません。悲しみの中で笑いが出てくることは、グリーフのごく自然な反応のひとつです。あの子との楽しかった思い出が浮かんだとき、思わず笑顔になる。それはその子との関係が、それだけ豊かだったということです。グリーフは「ずっと泣き続けるもの」ではありません。波のように、悲しみと穏やかさが交互にやってくるものです。笑えた自分を責めないでください。Q2. ペットの写真を見るのが辛いです。でも捨てられない。どうすればいいですか?捨てなくていいです。見なくていい時期があっても、いいです。写真を見るのが辛いのは、その子への愛がまだそこにあるからです。無理に見ようとする必要も、整理しようとする必要もありません。引き出しの奥にしまっておいていい。見られるようになったとき、自然に手が伸びる日が来ます。そのタイミングは、あなたの心が決めることです。ただ、「いつかちゃんと向き合いたい」と思ったとき、映像という形で残しておくことが、その助けになることがあります。写真を整理しながら、その子の時間を一本の作品にする。それがグリーフと共に歩く、ひとつの方法です。Q3. ペットを亡くして悲しいのに、新しい子を迎えたいという気持ちがあります。罪悪感があります。その気持ち、おかしくありません。新しい子を迎えたいという気持ちは、あなたがそれだけ動物を愛しているということです。亡くなった子への愛が消えたわけでも、
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身近な命を見送って、ワタシが作った映像のこと。

先日、息子のペットが旅立ちました。でもその前に、少し不思議な話をさせてください。私がココナラにペットメモリアル動画を出品したのは、3月5日のことでした。「悲しみを抱えた人に寄り添いたい」という使命を、ようやく形にした日。緊張しながらも、これでいいと思っていました。その晩、息子から連絡が入りました。「飼っていたペットが死んだ」と。言葉を失いました。出品したその日に。「ペットロスに寄り添う」サービスを世に出したその夜に。息子の大切な子が旅立った。偶然と言えば偶然です。でも私には、そう思えませんでした。万象のすべてがつながっているとしたら・・・この子が、私の使命を証明しに来てくれたのかもしれない。そう感じました。息子はまだ若い。ペットロスという言葉も、グリーフという概念も、あまり知らない年齢です。そして生まれて初めて迎えたペットでした。ただ、ぽつりと「死んじゃった・・・」と言った言葉が、ずっと耳に残っています。私はグリーフケアカウンセラーです。喪失の痛みについて学んできた。でも、いざ身近な命が旅立つと・・・。知識より先に、ただ悲しかった。それでいいんだと、改めて思いました。悲しみは処理するものじゃない。ただ、感じるものだと。何かできることはないかと思って、映像を作りました。そうです、出品したばかりのコンテンツを。息子がLINEで送ってきたスマホの写真と動画。何気ない日常の記録です。特別な瞬間じゃない。ごはんを食べているところ、眠っているところ、こちらを見ているところ。でもその一枚一枚に、一緒に生きた時間が刻まれていました。編集しながら、何度も手が止まりました。この子はこんな顔をしてい
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