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どう考えても・・・

理科室の空気は、少しだけやわらいでいた。器具はほとんど片づき、机の上には、まだ温度の残った実験の気配だけがある。陽菜は、最後のスポイトを棚に戻す。「これで全部かな。」そう言って振り返ると、悠真がうなずく。「たぶん。」そのやり取りは、特別なものじゃない。でも、どこか自然で、すっと空気に溶ける。凪はノートを閉じる。紙の擦れる音が、やけに小さく聞こえる。悠真がふと、凪を見る。「凪、まとめ助かった。」短い言葉。やさしい声。凪は、少しだけ顔を上げる。「うん。」それだけ返す。もっと何か言えた気がする。でも、言葉はそこまでだった。陽菜が笑う。「ほんと、凪って字きれいだよね。」まっすぐな言葉。悪気なんて、ひとつもない。それが、いちばん胸に残る。理科室の窓から、昼の光が入る。まだ、明るい。なのに。凪の胸の奥では、ゆっくりと影が伸びていく。どう考えても。その言葉が、また浮かぶ。どう考えても――陽菜のほうが、悠真の隣に似合う。そんな考えをしてしまう自分が、少し嫌になる。悠真が、もう一度だけ凪を見る。何か言いかけて、でも、やめる。その一瞬を、凪は見逃さなかった。気づいてほしいのか。それとも、気づかれたくないのか。自分でもわからない。理科室の時計が、静かに秒を刻んでいる。同じ机。同じ時間。なのに。凪の心だけが、ほんの少しだけ、遠くへ行き始めていた。まだ、誰も気づかない距離。でも。その距離は、確かに、ここにある。
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言えない言葉のほうが、ずっと多い。

理科室の空気は、まだ静かだった。水道の音が、奥のほうで小さく響く。悠真が、流し台でビーカーを洗っている。蛇口の水が、ガラスに当たってやさしく跳ねる。陽菜は、スポイトを一本ずつ水で流している。「これ、乾かすところどこだっけ?」「そこ。」悠真が顎で指す。ほんの少しの会話。自然な距離。凪は、ノートを閉じる。ページの中には、細胞の図。きれいに書けている。でも。その“きれい”は、誰の記憶にも残らない気がした。陽菜は、試験管を棚に戻す。動きが軽い。迷いがない。理科室の空気に、すっと溶けている。「今日の実験、面白かったね。」悠真が言う。「うん。」陽菜が笑う。「顕微鏡って、ずっと見てられる。」その笑顔は、明るい。でも派手じゃない。ただ、自然。凪は思う。どう考えても。陽菜のほうが――その言葉が、胸の奥でまた形になる。悠真が、ふと凪を見る。「凪、どうだった?」声はやさしい。ちゃんと、聞いてくれている。「……うん。」凪はうなずく。「面白かった。」それは、本当。でも。言えない言葉のほうが、ずっと多い。三人は、同じ机にいる。同じ時間。同じ実験。それなのに。凪の胸の奥では、少しずつ、何かが静かに崩れていく。理科室の窓から、やわらかい光が入る。昼の光。でも凪の中では、まだ名前のない小さな“たそがれ”が、ゆっくりと始まっていた。
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