言えない言葉のほうが、ずっと多い。

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コラム
理科室の空気は、まだ静かだった。

水道の音が、奥のほうで小さく響く。

悠真が、流し台でビーカーを洗っている。

蛇口の水が、ガラスに当たってやさしく跳ねる。

陽菜は、スポイトを一本ずつ水で流している。

「これ、乾かすところどこだっけ?」

「そこ。」

悠真が顎で指す。

ほんの少しの会話。

自然な距離。

凪は、ノートを閉じる。

ページの中には、細胞の図。

きれいに書けている。

でも。

その“きれい”は、

誰の記憶にも残らない気がした。

陽菜は、試験管を棚に戻す。

動きが軽い。

迷いがない。

理科室の空気に、すっと溶けている。

「今日の実験、面白かったね。」

悠真が言う。

「うん。」

陽菜が笑う。

「顕微鏡って、ずっと見てられる。」

その笑顔は、明るい。

でも派手じゃない。

ただ、自然。

凪は思う。

どう考えても。

陽菜のほうが――

その言葉が、胸の奥でまた形になる。

悠真が、ふと凪を見る。

「凪、どうだった?」

声はやさしい。

ちゃんと、聞いてくれている。

「……うん。」

凪はうなずく。

「面白かった。」

それは、本当。

でも。

言えない言葉のほうが、ずっと多い。

三人は、同じ机にいる。

同じ時間。

同じ実験。

それなのに。

凪の胸の奥では、

少しずつ、

何かが静かに崩れていく。

理科室の窓から、やわらかい光が入る。

昼の光。

でも凪の中では、

まだ名前のない

小さな“たそがれ”が、

ゆっくりと始まっていた。
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