どう考えても・・・
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コラム
理科室の空気は、少しだけやわらいでいた。
器具はほとんど片づき、
机の上には、
まだ温度の残った実験の気配だけがある。
陽菜は、最後のスポイトを棚に戻す。
「これで全部かな。」
そう言って振り返ると、
悠真がうなずく。
「たぶん。」
そのやり取りは、
特別なものじゃない。
でも、どこか自然で、
すっと空気に溶ける。
凪はノートを閉じる。
紙の擦れる音が、
やけに小さく聞こえる。
悠真がふと、凪を見る。
「凪、まとめ助かった。」
短い言葉。
やさしい声。
凪は、少しだけ顔を上げる。
「うん。」
それだけ返す。
もっと何か言えた気がする。
でも、言葉はそこまでだった。
陽菜が笑う。
「ほんと、凪って字きれいだよね。」
まっすぐな言葉。
悪気なんて、ひとつもない。
それが、
いちばん胸に残る。
理科室の窓から、昼の光が入る。
まだ、明るい。
なのに。
凪の胸の奥では、
ゆっくりと影が伸びていく。
どう考えても。
その言葉が、また浮かぶ。
どう考えても――
陽菜のほうが、
悠真の隣に似合う。
そんな考えをしてしまう自分が、
少し嫌になる。
悠真が、もう一度だけ凪を見る。
何か言いかけて、
でも、やめる。
その一瞬を、
凪は見逃さなかった。
気づいてほしいのか。
それとも、
気づかれたくないのか。
自分でもわからない。
理科室の時計が、
静かに秒を刻んでいる。
同じ机。
同じ時間。
なのに。
凪の心だけが、
ほんの少しだけ、遠くへ行き始めていた。
まだ、誰も気づかない距離。
でも。
その距離は、
確かに、ここにある。