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生成AI時代に、それでも“誰が書いたか”が問われる理由

生成AIで電子書籍を作れる時代になりました。 実際、便利ですし、効率もいい。 私自身も、編集や構成整理の場面では積極的に使っています。 ただ、ここ数日、 生成AI×電子書籍について発信してきて、 改めて伝えたいことがあります。 今日は、 「私はどんな考えで出版に関わっているのか」 その立場を、少しだけ言語化してみます。 「出せるかどうか」より先に考えていること 私が電子書籍の相談を受けるとき、 最初に考えるのは「どうやって書くか」ではありません。 もっと前に、必ず考えることがあります。 それは、 この一冊は、どんな信用を世の中に残すのか という点です。 ・この人は、どんな経験をしてきたのか ・どこで迷い、どう判断してきたのか ・その言葉は、誰の役に立つのか これが見えないまま作られた本は、 どんなに体裁が整っていても、 読者の中に何も残りません。 生成AIは「書き手」ではなく「補助者」 生成AIを使うこと自体に問題はありません。 むしろ、使わない理由はないと思っています。 ただし、はっきりしていることがあります。 生成AIは、 考えを代行する存在ではない ということです。 人が考え、迷い、選び取ったものを 整理し、磨き、速度を上げる。 その役割に徹したとき、AIは非常に優秀です。 逆に、 「考えること」そのものを任せた瞬間、 文章は一気に薄くなります。 それは情報としては成立しても、 「この人の本」としては成立しません。 電子書籍は、信用を可視化するメディア 電子書籍は、 最短距離で信用を可視化できるメディアです。 同時に、 雑に扱うと、信用を削ってしまうメディア でもあります
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