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呼ばれる前から、もう、決まっているものがある

放課後の廊下は、昼よりも音が少なかった。悠真は、凪の少し後ろを歩きながら、その背中を見ていた。——近い。でも、触れない距離。最近は、この距離がいちばん落ち着く。(前は、違った)守らなきゃ、とか。前に立たなきゃ、とか。そう思っていた頃は、逆に、息が詰まっていた。凪が立ち止まる。「どうしたの?」「ん、ちょっと考え事」嘘じゃない。悠真は、少しだけ間を置いてから言う。「今日さ」「“恋人”って言葉、聞いたでしょ」凪は、驚いたように目を瞬かせる。「……うん」「俺ね」「その言葉、嫌じゃなかった」凪が、黙って聞いている。「でも」「今すぐ使いたいかって言われたら」「そうでもない」自分でも、不思議なくらい落ち着いた声だった。「名前をつける前から」「もう、選んでる気がして」凪は、ゆっくりと歩き出す。悠真も、並ぶ。「一緒に帰るって選択も」「待つって決めるのも」「離れないって判断も」「全部」「恋人っぽい、じゃなくて」「ただ、そうしたかっただけ」凪は、少しだけ目を伏せて笑う。「それってさ」「うん」「もう、決まってるってこと?」悠真は、少し考えてから答える。「……たぶん」言い切らない。でも、逃げない。そのバランスが、今の自分たちには、ちょうどいい。横断歩道で、信号が赤になる。人が行き交う中で、一瞬、凪が見えなくなりそうになる。悠真は、反射的に歩幅を合わせた。凪も、同じように。影が、また並ぶ。——言葉はいらない。呼ばれる前から、もう、決まっているものがある。悠真は、そう思った。信号が青になる。歩き出しながら、凪が小さく言う。「ね」「もし」「私が、その言葉を使ったら」悠真は、すぐに答える。「ちゃんと、受け取るよ
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今日も、明日も、同じ速さで歩く理由がある

昼休みの校庭は、冬に近い風が吹いていた。凪は、ベンチに腰を下ろして、紙パックの飲み物を両手で包む。冷たいはずなのに、指先は、あたたかい。——昨日の帰り道のことを、思い出していた。10分の1の力。強くもなく、弱くもなく。離れない、とだけ伝える力。(……不思議)それだけで、今日が少し違って見える。「寒くない?」声がして、悠真が隣に座る。「うん、大丈夫」凪は、そう答えてから、少しだけ間を置く。「……ね」「もしさ」言いかけて、止める。悠真は、急かさない。「続き、いいよ」その一言に、胸の奥が、きゅっとなる。「もし、また何か起きたら」「私、ちゃんと立てると思う?」悠真は、すぐには答えなかった。校庭の向こうで、ボールの音が弾む。「立てるよ」静かな声。「でも」「一人で立たなくていい」凪は、顔を上げる。「……それって」「守るって意味じゃない」悠真は、少しだけ笑う。「同じ速さで歩く、って意味」その言葉が、胸に、すっと入ってくる。——速さ。前に引っ張られるのでも、後ろから押されるのでもない。「私さ」凪は、息を吸う。「前は」「守られるのが、正解だと思ってた」「でも今は」「一緒に選ぶほうが、怖い」悠真は、うなずく。「うん」「それ、恋だと思う」凪は、思わず笑ってしまう。「そんな、あっさり言う?」「あっさりじゃないよ」悠真は、視線を落とす。「俺も、怖い」その正直さが、凪の心を、静かにほどく。チャイムが鳴る。立ち上がるとき、自然に、二人の距離が近づく。触れるか、触れないか。でも今日は、触れないまま、歩き出す。——それでも、同じ速さ。教室へ向かう廊下で、凪は思う。大きな約束はいらない。未来を決めきらなくてもいい
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