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心理支援者からの被害事件について。

先日、心療内科クリニックの患者女性と同意なく性交したとして、不同意性交等容疑で精神科医を逮捕したというニュースが流れました。※以下、毎日新聞HPより転載実は、メンタルクリニックでのこういった事例は少なくなく「頭をポンポンされた」や「ハグをされた」などのお話をご相談でお聞きすることがあります。患者さんの中には、精神的に不安定な方の他にもこれまで一度も愛された実感がない方もいてそのような方にとって権威のある先生からの身体接触は脳がとろけるような多幸感があり「ダメだ、完全に沼ってる」と知りながらもはじめて感じるこの感覚は離れたいのに離れられない依存を生み患者さんにとっては更なる苦しみが降りかかるようなものなのです。心理支援者からの身体接触や恋愛関係を持つことで起こる悪影響は主におこのようなことがあります。✅ 相談者の“自立”を阻害する相談者にとって自分を深く理解してくれる心理支援者は依存しやすい存在であり支援者側が無意識にコントロールできてしまうため相談者はいつまでも自立できないままになってしまいます。✅ 治療機能不全心理支援者と患者の関係が崩れ、客観的な判断や適切な診療ができなくなることがあります。✅ 患者への精神的被害医師に秘密を握られていることで関係を縛られてしまったり、関係終了後に脅迫に使われたりするなど、精神的な悪化が指摘されています。私たち心理支援者である心理カウンセラーはご相談に来られる方の心の自立を支援することを主な使命としています。自分の足で立ち欲しいものを欲しいと言い嫌なものにはNOを言ったり遠ざけたりしながら自己実現できるようサポートするためにたくさんの臨床経験
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安全圏からの支援

支援者が無自覚に立っている場所対人支援の現場では、物事が二つに分けられることが多いと感じています。善と悪健全と不健全自立と依存正しいと間違い「あの人は依存的だ」「まだ健全な状態ではない」こうした分類は、理解を助ける整理になると同時に、立ち位置を固定する装置にもなります。反対側を設定した瞬間、支援者は自動的に「こちら側」に立ててしまうから。「熱い」と「冷たい」という概念がある。実際には、温度という一本の線の上に違いがあるだけ。でも人は、説明のために線を引く。線が引ければ、そこで思考は止まる。考えなくていい。同じ線上に立たなくていい。クライアントは「まだ気づいていない側」「手放せていない側」「課題を抱えている側」支援者自身は「分かっている側」「健全な側」「すでに通過した側」ここに悪意はない。多くの場合、善意によって自然に起こるから。反対側に置けた瞬間、支援は安全な作業になる。相手を理解し、段階を見極め、学んできたものを適切に提供する。そこでは、支援者自身が巻き込まれる余地はほとんどない。安全な場所から、用意してきたものを差し出せる。それで、大丈夫だと思えてしまう。「こちら側」に立っている限り、自分の迷い、矛盾、未整理さは、すでに解決済みであるかのように扱われる。あるいは、あってはいけないものとして、そっと目をつぶられる。自覚し始めた瞬間、「支援者」という足場は揺れ始める。分かっている人でいられない。導ける人でいられない。安全に説明できる人でいられない。支援の場で、それは怖い。だから、線が必要になる。反対側が必要になる。「自分は違う」と言える場所が欲しくなる。正しさは、快適な場所。分
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